text | ナノ

「………っ」

いつもより低い目線に、人とはまた違った感覚。自分の手を見れば、白くて綺麗な毛並みをしている。目の前の鏡に映るのは、小さな白い猫の姿だ。
やっとこの時が来たのだ。もう何年掛かったのだろうか。3、4年は掛かってしまった。ああ、次の満月には間に合うんだと、そう安堵した。少しでも1人で寂しくない様に。そう思ってくれればいいのに。
何度か自分の身体に慣らすように猫の身体を動かす。それからがまた大変だった。慣れない身体は扱いにくいし、自由に変身したり人に戻ったりするのにも、少し時間が掛かった。だいぶ慣れた頃には、満月の夜はもう明日に迫っていた。

「あれ、リーマスは?」

「体調が悪いらしいから、お昼くらいから医務室にいるぜ」

「えっ、大丈夫なのかい?」

シリウスとジェームズの会話を聞きながら、大好きなミートパイを口に入れる。満月の日、私の成果を試す日だ。しっかり寝て明日に備えようと、その日私はいつもより早めに就寝した。



お父さんから習った魔法を自分に向けて掛ける。透明マントの様に、自分の姿が相手から見えなくなる魔法だ。これはとても使い勝手が良く、かなり重宝している。
ルームメイトを起こさないように部屋を出て、誰もいない事を確認してからグリフィンドール寮の前でその魔法を掛けた。婦人はあまりいい顔はしていなかったけれど、姿を消した私に驚いている様だった。誰にも会いませんように、私はそう願いながら暴れ柳まで足を進める。
外に出て、暴れ柳が見える所まで移動をする。木々に隠れながら私は姿を変える。無事に成功した事にホッと胸を撫で下ろし、私はゆっくりと暴れ柳に近付いた。
攻撃をしてくる暴れ柳を上手く交わしていく。小さいこの姿だとそれもとても簡単だった。中は薄暗く、奥の部屋には月の光が窓から差し込んでいるのが分かる。狼のような声が響くそこに、リーマスは苦しみながら自分を傷つけていた。初めてみる彼の姿に、恐怖という思いが私に広がっていく。怖い、もし攻撃でもされたら、拒絶をされたらどうしよう、と。
私に気が付いたリーマスは、威嚇するように声を荒げた。私はそっと彼に近づいて、彼の顔を控えめに舐める。大丈夫だよ、とそう言い聞かせるように。

「にやぁ…」

同じネコ科の動物だからか、先ほどの私の心配は杞憂に終わった。威嚇を止めたリーマスに安心をして、その肩に飛び乗りじゃれ合うように頭を擦りつける。
暫くそうして遊んでいると、疲れたのか、彼は眠るように身体を丸めた。私を自分の胸にしまうと、そこをふわふわの毛に包まれていてとても暖かい。私も同じように、ゆっくりと目を閉じた。


「えっ!」

聞きなれた声で目を覚ました私は、目の前にいる人に戻ったリーマスにひどく安心した。あたりは朝日に包まれ、朝だという事をこれでもかと主張をしている。まだ寝ていたいのに。猫のままの私は、リーマスにそっと寄り添った。

「どうしてここに?…いつからいたの?」

驚いて困惑している彼に思わず笑いそうになる。こんな見慣れない猫がいたら、それはびっくりするだろう。

「…もしかして、夜からずっといたの?」

「にゃあ!」

肯定するように鳴けば、彼は泣きそうな顔をした。

「じゃあ僕がどんな存在だか分かるよね?駄目だ、危ないよ」

「にやぁ…?」

「…いつ君を傷つけるかわからない。君はこんなに綺麗なんだなら」

私の白い毛並みを撫でる彼の手が、とても心地良い。絶対にリーマスにはこの猫が私だと分かってはいけない。そして私は、彼がなんと言おうと毎月ここに来る。

「もう来ちゃ駄目だよ?」

その問いに、かるく首を振ると、彼は驚いたように私を撫でる手を止めた。人の言葉が分かる猫。ただの変わった賢い猫。彼にはそう思ってもらえればそれでいい。
私はリーマスの腕からスルリと抜け出して、外へと駆け出した。そろそろ皆んなが起き出す時間だろうか。私も戻らないと。
最後に嬉しそうな顔をした彼を、私は見逃さなかったよ。


「名前、お前随分と眠そうだな」

「え!…そうかな?」

「また本でも読んでたのか?いい加減ちゃんと寝ろよ」

「はいはい、分かってるってば」

今日の授業も無事に終わり、なんとなく中庭でシリウスと日向ぼっこをしていると、暖かい日差しのせいか欠伸が止まらなかった。授業中は睡魔とずっと格闘していた気がする。

「暖かいからさー、眠くなっちゃう」

「起こしてやるから、少し寝れば?」

「ほんとに?起こしてくれる?」

「ほら肩貸してやるから」

「わーい、ありがとう」

男の子らしいその肩はあまり寝心地がいいものとは言えないかもしれないけど、シリウスのそんな優しさがとても嬉しい。控えめに彼の肩に寄り掛かった。

「ひとりってさ、すごく悲しいよね」

「…急にどうした?」

「一人ぼっちは寂しいなって」

リーマスはずっと孤独と闘ってきたのだろうか。あんなに大きな秘密を持っていると、本当に大切な仲間を作るのは大変だと思うから。

「お前にはたくさんの友達がいるだろ?
エヴァンズや、レギュラス、それに俺だってな」

「…そうだね」

早くリーマスにも、そんな大切な仲間が出来たらいいな。シリウスやジェームズ、それにピーターも。それまでは私が少しでも力になれたらいいのに。
瞳を閉じれば、私はすぐに夢の世界へと旅立った。今日はなんだか、とても気分がいい。