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こんな時間まで学校にいるのは初めてだ。窓の向こう側はもう既に薄暗く、もうすぐ夜になるところ。思ったより時間がかかってしまったと、小さくため息を吐いた。
今日は委員会の集まりがある日で、私の所属する保健委員も例外ではない。いつの間にかあと少しで一年の半分が過ぎる。もう残り半分の役割を決めるのに、思ったよりも時間がかかってしまったのだ。しかも、あろうことかあのイケメンだと噂の保健医は、頼みやすいのであろう私だけに他の仕事を押し付けて来た。そのせいで私はひとりぼっちで帰らなければいけない。
もうすっかり静かになってしまった校舎は、いつもと違ってちょっとだけ不気味だった。自分の下駄箱からローファーを取り出して、もうだいぶ履きなれたそれで校舎を後にする。そのとき、運動部特有の騒がしさに目線をそちらに向ければ、真っ黒の集団が目に入った。

「苗字?」

そんな私の名前を呼んだのは、聞き慣れた声だ。私に駆け寄って来た澤村は、不思議そうな顔をしている。

「澤村」

「もしかして、こんな時間まで委員会だったのか?」

「そ、長引いちゃって」

「保健委員も大変なんだな」

「私だけあの保健医にこき使われてるの。酷いよね」

そんな事を言えば、澤村に哀れな視線を向けられた。

「苗字さん」

「あ、菅原くん?」

澤村の隣には同じ様に真っ黒なジャージを着た、最近良く見掛ける彼がいた。名前は確か、菅原くん。うん、間違ってないはずだ。

「俺の名前知ってたんだ。この前はありがとう」

「菅原くんこそ。もう足は大丈夫?」

「お陰様でね。そんなに大したことなかったし」

「よかった。無理しないでね」

ありがとう、そう言ってニッコリと笑う彼はかっこいい。これは女の子にモテるのも分かる気がする。バレー部ということは運動神経も良いんだろう。

「よかったら苗字も一緒に帰るべ」

「え、いいの?」

「もちろん。もう帰るんだろ?」

「じゃあお言葉に甘えて」

真っ黒なジャージを着た3人とこうやって肩を並べるなんて思ってもみなかった。ちょっと異様な光景である。隣に澤村がいて、菅原くん、東峰くんと並んだ。そういえば美人と有名なマネージャーさんがいないなぁ、なんて。

「あれ、バレー部ってマネージャーさんいたよね?」

「ああ、清水なら先に帰ったよ。
俺ら自主練やってたし」

「清水さんだっけ?あの綺麗な子。
ちょっとお話してみたかったなぁ」

「清水は進学クラスじゃないもんな。話す機会ないか」

クラスが違うとやはり話す機会は少ない。東峰くんだって話した事があるのは、彼が保健室に来た一度きりだ。あの時は大人びた見た目にびっくりした。

「大地と苗字さんは仲良いんだな」

「席が前後だから話す機会多いし」

「菅原くんも進学クラスだよね?」

「おう。5組デス。」

「この間5組に行った時見つけたよ」

数日前、友達に用事があって4組にお邪魔した時の話だ。確か菅原くんは友達と話していた気がする。その事を話せば、彼は少し驚いたような顔をした。

「俺も、あの時手当てしてくれた子だーって思ってた」

「ふふ、なにそれ」

「あ、そういえば俺もちょっと前に手当てしてもらったよね。
あの時は助かったよ」

「あ、東峰くんも覚えてくれてたんだ」

「すっごい手際いいなぁ、って思ってたし」

「なっ、俺もびっくりした」

「だってよ、よかったな苗字」

にこにことしている菅原くんと東峰くんがそんな事を言ってくれるから、恥ずかしくってなんだかこの場に居づらくなってしまう。おまけに澤村はにやにやと笑っているし、思わず隣の澤村の肩をかるく叩いてしまった。

「恥ずかしいからあんまりそういう事言わないでください!…….ありがとうね」

ああ、もう、なんて恥ずかしいんだろう。
だけど、やっぱり嬉しいなぁなんて。

「これからも怪我したら頼んだ!」

「おい、スガは怪我する気まんまんだな」

「そういうわけじゃねーべ!」

「あはは、そんなに怪我しちゃダメだよ〜」

こうやってあんまり話した事がない人と話すのも、新鮮で楽しい。誘ってくれた澤村に感謝しながら、たまには帰るのが遅くなってもいいなぁと、ちょっとだけ思ってしまった。ほんのちょっとだけどね。