text | ナノ

携帯をポケットにしまって、教室の窓から青い空を眺める。まだまだ太陽は高く、肌に照りつける日差しはとても暑い。細めた自分の目に映る空はやけに青く、なんだか少しだけ雨の匂いがした。

「花火大会行きたかったな」

最後の花火大会くらい、みんなで行きたかったのに。私のその呟きは休み時間の教室のざわめきの中に、誰にも拾われることなく消えていくと思っていた。

「苗字」

その聞き慣れた優しい声に振り向けば、さっきまで近くにいなかったはずの彼の姿が。いつの間にか近くにいたスガに少しだけ驚いてしまう。そんな彼は、もっと私が驚くであろう事を口にした。

「行こうよ。花火大会」

「…え?」

「行きたいんでしょ?」

「まぁ、」

「だから行こう。俺と苗字で」

「…ふたりで?」

「そう、ふたりで」

歯を見せて綺麗に笑うスガの髪が、窓から入った優しい風に揺らされる。ハチャメチャな提案をしたそんな彼を見て、私もつられたように思わず笑ってしまう。さっきの間抜けな、ポカンとしていたであろう私の顔は、あっという間に何処かに消えてしまった。二人で花火大会だなんて、まるでデートみたいだもの。

「中学の頃の友達と、みんなで行く予定だったの」

「じゃあ、俺はその子達に感謝しなくちゃだ」

私の隣に並んだ彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。そんな顔、するなんて思ってもみなくてやけにドギマギしてしまう。うるさい教室の声も、夏の虫が元気に鳴く音も、本当は耳につくくらい大きいはずなのに、今はとても小さく聞こえる。お互いの声しか耳に入らないような、そんな不思議な空間だった。

「俺とふたりじゃ嫌なの?」

少し強張った私の顔を見てか、彼も少しだけ表情を硬くしてそう言った。彼からのその言葉に、きゅっと息がつまる。

「俺は苗字とふたりがいい。」

いつもの二カッと笑う顔じゃなくて、ほんの少し口角を上げた彼の顔は最高にかっこよかった。なんて優しい顔をするのだろう。
今までそんなこと思ってもみなかったのに。他の男の子よりちょっと多く話す、クラスメイトでただの気の合う友達だと思ってたのに。もしかしたら初めから惹かれていたのかもしれない。

「…わたしも、スガとふたりがいい」

今の私の顔は信じられないくらい真っ赤だろう。ほんのりと頬を赤く染める、目の前の彼と同じように。そんな顔、初めて見たよ。

「花火大会の前にちょっとどこか行こうか」

「もしかしてデート?」

「そう。ふたりでデート」

にしし、と笑うスガに私も思いっきり口角を上げた。いつもはあまり好きではないこの生ぬるい風が、今はなんだかとても心地良い。
教室の隅っこで、こうやって彼と笑いあって、こんな時間がずっと続けばいいなんて、そんな事を考えた。

「明日は浴衣な!」

「スガもね!」

浴衣を着て、精一杯のお洒落をして。他の女の子に負けないくらい可愛く変身してやるんだから。彼の隣に並んでも可笑しくないよいに。今年の最後の花火大会は最高に幸せかもしれない。

「苗字の浴衣姿、可愛いんだろーな」

「やめてよ、ハードルあげないで」

「楽しみにしてるからな!」

「うるさい、ばか」

ああ、わたし、どうしようもなく彼が好きだよ。