text | ナノ

あちこちから飛び交う日本語がやけに懐かしく、蒸し暑いこの暑さが何処か心地良い。イギリスでいう漏れ鍋のような日本の宿泊施設に煙突飛行すると、店の前に泊まった黒い高級そうな車に乗る。どうやらここは日本の魔法界の入り口になっているらしい。
やはり車の中は見た目よりも魔法で広くなっていた。車の運転手はもちろん日本人で、白髪が似合う綺麗なおじさんだ。両親とも知り合いなのか、お母さんは日本語で会話をしている。

「お久しぶりですね、ユリ様」

「中々帰れなくてごめんなさいね」

「とんでもございません。
またこうやってお二人に会えて、とても嬉しく思いますよ」

「私も爺やに会えて嬉しいわ」

「名前様も大きくなられて…」

ミラー越しに、目尻の下がった優しい顔が私に笑いかけてくれた。どうやらこの方は苗字家に長く仕えてくれている執事らしい。

「こんにちは。えっと…」

「私のことは爺やとでもお呼びください。
名前様とは小さい時に一度お会いしました。
また随分とお綺麗になられましたね」

「そうなんですか、私あまり覚えていなくて」

「随分前のことですからね、仕方ありませんよ」

少しだけ、ほんのわずかに、苗字家の屋敷に行ったことは覚えていた。と言っても大きな屋敷、ということしか覚えていないのだけれども。そんな風に談笑していたら、あっという間に目的地に着いた様だ。ここが、苗字家のお屋敷。ちょっと懐かしく感じる。
まず屋敷の中に入ると一通り、他の執事さんやメイドさんに挨拶を済ませる。祖母は既に亡くなってしまっているので、あと挨拶をしなければいけないのは祖父とお母さんのお兄さん、つまり伯父さんだけだ。しかし伯父さんは、今はこの屋敷にはおらず、何処か違う国で何かの勉強をしているらしい。伯父さんは、何年か前にフラール家に遊びに来たことがある。それ以来会っていなかったから、久しぶりに会いたかったのに残念だ。

「旦那様が帰られました」

通された部屋には、美味しそうな日本料理が並べられていた。席に着くと、タイミング良く祖父もこの部屋に入ってくる。写真でしか見たことのない、私のお祖父ちゃん。やはり彼も、私の前のお祖父ちゃんにソックリだった。そんな気はしていたけれど、少しだけ驚いてしまう。

「長旅ご苦労だったね、久しぶりだねルアーナ君。それにユリも」

綺麗な英語を話す祖父は、私の本当のお祖父ちゃんとは全くの別人だった。日本人らしく綺麗に着物を着こなす彼は、とても貫禄がある。

「お久しぶりです。
中々挨拶に来れず申し訳ございません」

「いや、気にしないでくれ。君も忙しいだろうからね」

「お久しぶりです、お父様。会えて嬉しいわ」

「ユリも元気そうでなによりだ。」

そして彼は、お母さんの隣にいた私に朗らかに微笑んだ。その顔は、お母さんに少し似ている。

「名前、大きくなったね」

「こんにちは、お祖父様」

「君には色々と話さなければならない。
でもその前にまず、冷めないうちに美味しい料理を食べようか」

腹が減っては戦は出来ぬ。まさにその通りだ。私は、私が知らなければいけない事を、やっと知ることが出来る。その為に、はるばる日本までやって来たのだから。
美味しい日本料理を、楽しいお喋りとともに堪能する。イギリス料理も好きだけれど、日本料理のほうが私の口には合う。どれも美味しいそれを、私はお腹一杯に頬張った。





「この部屋には何枚かの絵画がある。ここには私の妻もいる。
君が知らなければいけないことが分かる筈だ」

夕食を食べ終わると、お祖父様にある部屋の前まで案内された。重たそうな扉の向こうには、祖母の肖像画でも飾られているのだろうか。祖父は少し悲しそうな顔をしながら、目尻を緩めた。

「名前、この先は君一人で行きなさい。」

「…私ひとりで?」

「そうだ」

ポン、と軽く背中を押され、私はゆっくりとドアノブに手を掛ける。恐る恐る扉を開ければ、広々とした部屋が広がっていた。アイボリーの壁とブラウンのカーペット、目の前に壁には何枚かの肖像画。静かに扉を閉めて、私は吸い込まれる様に、目の前に並ぶ肖像画達に近付く。

「いらっしゃい、名前」

一番初めに声を掛けてくれたのは、きっと私のおばあちゃん。
どことなく私のお母さんと顔が似ていると思った。

「もう待ちくたびれたわ。ここにはあまり人が来ないから」

「こんにちは、お祖母様」

「ふふ、よく私が貴女の祖母だって分かったわね」

綺麗に並ばれた、六枚の肖像画。それは全て女性の姿をしている。私の祖母は一番右側に掛けられていた。

「でもこんなに早く生まれるなんて。まだ6人目が死んでから何年も経っていないのに」

私の目の前にいた女性が口を開いた。真ん中に掛けてある肖像画の女性だ。

「ここにいる者は皆、貴女の祖先に当たる。それは分かるね?」

「はい、分かります」

「君は歳の割に随分と大人びているようだ。話が早くて助かる。

私達の名前を教えても混乱してしまうだろうから、私達の事は左から順に1人目、2人目、と呼びなさい」

「分かりました。」

3人目の女性の言葉に、私は小さく頷く。お祖母様はそんな私に一度笑い掛けてから、また口を開いた。

「これから話すことを、決して忘れてはいけません。
これは貴女の運命なのですから」

私の知りたい事、私が知らなければいけない事。これから私がやろうとしている事の、きっとプラスになるもの。いや、プラスにさせなければいけない。
私は一度目を閉じて、そしてお祖母様に笑いかけた。

「お話を、聞かせてください」

早く、貴方達の未来を変えてしまいたい。