手に持った古い本に書かれている内容は、母の家系である苗字家の歴史についてが中心だった。それは両親にも教えてもらっていない、私が知らないことだらけの内容だ。
「なんて書いてあるの?」
「…苗字家のことみたい」
「これ苗字家の本なんだ」
書庫の隅に置かれた簡易的な椅子に座り、レギュラスと一緒にその本を捲る。彼は日本語が読めるわけじゃないから、たまに書いてあるイラストしか分からないだろうけれど。読み進めて行くと、先祖代々伝わっているらしい「特別な力」を持った人達についての歴史が書かれていることが分かる。
「これって…」
幼い頃両親に少しだけ教えてもらった、私にあるという特別な力。この本に書いてあるのはおそらく、その力についてだろう。ずっと知りたかった、この力について。知らずしらずのうちに気持ちが高ぶっていく。
私はいつの間にかレギュラスのことも忘れて、その本を読むのに夢中になっていた。
「名前、もういいの?」
半分程読み終えたところで、私は本を閉じて顔を上げた。目が疲れたのが、ショボショボとして少し痛い。隣に座るレギュラスは何か別の本を手にし、顔を上げた私を見ていた。
「ごめんね、レギュラス。すっかり夢中になっちゃった」
「僕も勝手に本を借りて読んじゃった」
「いいの、好きなものを読んで」
どれくらいの時間が経ったのだろうか。おそらく、少なくとも2時間程は経過いるだろう。そんなにも長い間、レギュラスを放って置いてしまったことに、少し罪悪感がある。
「ずいぶん読み入っていたけど、そんなに面白いの?」
そういえば、私にあると言われている「力」については、両親以外と話した事はない。レギュラスやシリウス、彼等には話しても良いだろうし、聞いてほしいとも思う。それを聞いて彼等は、私のことをどう思うのか。私もまだ、この力についてはほとんど無知だけれど。だから、彼等に打ち明ける前に、私は自分のことを知らなくちゃいけない。知りたいと、ずっとずっと願ってきた。
「…あとでね話したいことがあるの。シリウスも一緒に」
そう言った私を見て、レギュラスは不思議そうな顔をしていた。
「突然だが、一週間程日本に行こうと思う。」
その日の夜。夕飯を食べる席で、私は両親達に今日起きた出来事を伝えた。あの本が、私の目の前に現れたこと。
それを聞いたお母さんは、とても驚いたような、少しだけ悲しそうな顔をした。それはお父さんも同じで、少しの沈黙の後に彼は、日本に帰ろうとそう口にした。
「日本に?」
「そうね、私の実家に行かなくちゃね」
「これから早速梟を飛ばそうか。あちらにも伝えておかなきゃいけないことだ」
「ええ、私が送るわ。仕事は大丈夫?」
「研究職だからね、どうってことないさ。
日本にある珍しい薬草も取って帰ろう」
「ちょっと待って、もしかして明日から行くんじゃないよね?」
「明日から行くんだ、名前」
にっこりと綺麗に笑う両親を見れば、私はもう何も言えなくなってしまう。明日だなんて、いくらなんでも急すぎる。日本まで煙突飛行等ですぐに行けるからといって、心の準備というものがまだ出来ていないのに。
「名前は自分でいろいろと調べていたみたいだね。
これできっと、君の知りたいことが分かるよ」
「私達もまだほんの少ししか教えてもらえてないの。
私は当事者ではないから」
やはり二人は知っていた。私が密かに調べていたことを。彼等はとても優秀な魔法使いだと、あちこちから言われているだけはある。気が付かれていないなんて、思ってなかったけれど。
「名前はとても頭が良くて、私達のように優秀だ。
だから、決して間違った道を歩んじゃいけないよ」
茶目っ気たっぷりに笑ったお父さんを見て、彼が何を言いたいのか、すぐに察することができた。私は、私の大切な人を失わない、そんな道を歩んでいきたい。
「久しぶりの日本だわ!
ご飯をたくさん食べなくちゃね」
それは確かに、とっても魅力的な提案だ。
そういえば、最後に日本に帰ったのはいつだろう。まだ私が小さな時に、この記憶を取り戻す前より前だった気がする。あの時は確か、日本をとっても懐かしく感じたんだっけ。お母さんが日本人だから、イギリスにいても日本食はよく食べるほうだ。だけど、日本にはほとんど行かない。あの懐かしい土地に行けると思うと、いつの間にか胸がわくわくと高鳴った。
「今度いつか、シリウスとレギュラスと3人で日本に行きたいの。
もうちょっと大人になったらね」
「それはとってもいい提案ね!」
私が本当に生まれたあの小さな国を、彼等にも教えてあげたい。元いた日本と、こっちの日本は違うかもしれないけど。でも、こっちの世界の日本食も、前の世界の日本食もほとんど変わらない。だからきっと、こっちの日本も良いところだと思うんだ。
「残りの食事を食べてしまおうか」
「すっかり冷めちゃったわ」
私の力が、誰かの役にたてばいいな、なんて。そう小さく願った。