「雪、おはよう」


集合場所にはもうほとんどの子が来ていて、私を見たリコが笑顔で迎えてくれた。今日は約束をしていたビーチに行く日。朝、カーテンを開けたとき、まず太陽が出ていることに驚いた。こんなに晴れるなんて思ってもみなかったし、この街でこんな太陽を見るのも初めてだ。


「こんなに晴れてるからびっくりしちゃった」

「ね!太陽なんて見るの久しぶりだもん」


そんな話をしていると、やっと皆が揃っていよいよ出発。私は日向君が運転する車に、リコと乗ることにした。1時間くらい車に揺られていると、青い海が見えてくる。久しぶりに見たそれに、思わずリコと顔を見合せた。海なんて久しぶり。小学生のようにワクワクしてしまう。


「あの流木の近くでキャンプをしようか」


誰かがそう叫んだ声が聞こえた。男の子がキャンプの道具を持って、ビーチへと続く道をみんなで歩く。流木の周りには、私達のようにキャンプをしたであろう跡が残っていた。バーベキューのセッティングをして、たくさんのお肉や野菜を焼いた。どれも美味しくて、とても楽しい。けれども、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていく。いつの間にか、空はオレンジ色に染まっていた。


「キャンプファイアやろうぜ」

「いいね!」


日向君の提案にみんなが賛同する。近くの森で小枝を集めて、それに火をつける。先ほどビーチにやってきた新しいグループも一緒に、みんなで楽しむことにした。


「雪?」


綺麗な赤い火を見つめていると、誰かが私の名前を呼んだ。その声に振り向くと、先ほど私達と混ざった新しいグループの男の子が私の隣にいた。


「俺は火神大我だ」

「もしかして、お父さんの友達の?」

「ああ」


彼の名字を聞いてピンときた。確かお父さんの友達にそんな名前の人がいたな、と。そういえば小さい頃、その友達の子供の男の子とよく遊んでいた記憶がある。


「俺のこと、覚えてるか?」

「ちょっとだけなら」

「だよな。かなり前のことだし」


小さい頃の記憶はほんの少ししかない。それに今の彼を見ると、顔もかっこよくなっていて身長だって驚くほどに高い。今のように声をかけられなかったら、ずっと気が付かなかっただろう。


「知り合い?」


不思議そうな顔で聞いてきたリコに、彼とのことを少しだけ説明する。その話を彼女は笑顔で聞いてくれた。


「そういえば、青峰君は誘わなかったの?」

「…どうして、彼を?」

「仲良いから」


突然彼の名前を聞いて、ドキリと心臓が跳ねた。どうして大輝なんだろう。別にそんなに仲が良いわけじゃないのに。その名前を聞いて、大我が驚いたように声を上げる。


「青峰って、青峰大輝のことか?」

「そうだけど……知ってるの?」


大我が少しだけ嫌な顔をした気がする。一体、大輝との間に何があったんだろう。


「あいつらは来ねぇよ」


そう呟いて何かを考え出した彼に、私は何も聞けなかった。彼のことを知りたい、そう思う気持ちはどんどん強くなっていく。


「ちょっと散歩しねぇか?」


暫くすると、大我がそう聞いてきた。私は小さく頷いて、彼に続いて立ち上がる。彼の隣に並んで白い砂浜を歩いた。


「…彼らは来ないってどういうこと?」


どうしてもその意味が知りたくて。おそるおそる、隣にいる大我に聞いてみた。彼は私の問いに、困ったように笑う。


「あー、青峰のことか?」

「うん」

「青峰たちがカレンの養子っていうのは知ってるよな?」


その話は詳しく、リコに聞いたことがあった。なんでも、若いカレン夫婦には子供ができないそう。それで何人もの養子をもらったとか。


「本当はこんなこと誰にも話しちゃいけねぇんだよ」

「私、誰にも言ったりしないよ?」


どうしてもここで引き下がるわけには行かなかった。何故か、この話を聞かなければいけない。そう思ってしまったから。


「怪談とか好きか?」

「うん、好き」


ひとつため息を吐いて、彼はある話を始めた。本当は苦手だけれど、嫌いだなんて言えない。


「俺たちには伝説があるんだ」

「伝説?」


彼らの伝説。そんな話は聞いたこともない。お父さんも何も話してくれなかったし。


「あるひとつの伝説では、なんでも俺たちは狼の子孫らしい。それに "冷人族" の伝説もある」


狼の子孫?冷人族?今までに聞いたことのない単語ばかり。本当に怪談話のようだ。


「冷人族?」

「ああ。その伝説は狼伝説と同じくらい昔からある。俺のひいじいさんは冷人族と知り合いだったらしい。そしてある取り決めを結んだ」

「取り決めって?」

「冷人族は俺らの敵なんだよ。でもこの土地にいた奴らは、他の連中みいな狩りのやり方はしなかった」


何か知らない物語を聞いているみたい。とてもじゃないけど、この話を現実だとは思えなかった。あくまでも伝説だけれど。


「俺たちにとって、危険にはならないはず。そう思って、俺たちの土地に入らないのなら俺たちも "普通の連中" には正体はばらさないって取り決めたんだ」

「危険じゃなかったら、入ってきてもよかったんじゃ…」

「あいつらはいつ飢えに負けるか分かんねぇ。行儀が良くてもな」

「行儀がいいって?」

「人は狩らないことらしい」


その話を聞いて、自分の鼓動がどんどん速くなるのが分かった。


「でも、その伝説に彼らとどう関係があるの?」


私の問いに、大我は言いにくそうに目を伏せた。駄目だ。嫌な予感がする。


「そっくりなんだよ」

「え?」

「あいつらにそっくりなんだ。それに、ひいじいさんの時代から首領の名前はカーライルだった」


"カーライル" 。それはカレン先生の名前だ。カーライル・カレン。そして彼はイギリス人だと。お父さんにそう聞いたことがあった。


「…冷人族って、なんなの?」


ようやく出た声は、小さく弱々しかった。


「血を飲む者たち」


大我のゾッとするような声が響いた。


「一般的には "吸血鬼" って呼んでるな」


この話はあくまでも伝説。ちょっとした怪談話。そう、大我が上手く作った怪談話なのだ。なのにどうして、こんなにも鳥肌が立つのかな。激しく心臓が脈を打つのだろうか。貴方たちは、一体何者なの?いつの間にか辺りは真っ暗になっていて、そろそろ帰る時間だった。


A certain old legend
(ある古い伝説)