みんなで楽しくご飯を食べ終えると、そろそろ午後の授業が始まる時間になった。どうやらリコとは違う授業みたいで少し寂しい。すると一緒に食べていた眼鏡の男の子が、私に話し掛けてくれた。


「次の授業なに?」

「え、生物だけど…」

「一緒じゃん。行こうぜ」

「あ、うん」


彼も生物を取っているらしい。一緒だなんて、ちょっとラッキーだ。時計を確認するとあと10分で授業が始まるところだった。少し急がなければならない。


「俺は日向順平。よろしくな」

「えーと、白井雪です。よろしくね」


日向君。よし、たぶん覚えた。そんな風に自己紹介をしたり、どうでもいいようなことを話しているとすぐに教室に着いた。日向君のおかけで、迷わなくて済んだ。よかった。


「白井君だね。それじゃあ、君はあそこの席に」


教室に入ると、日向君は自分の席であろう場所に座った。私を見た先生が声をかけてくれる。どうやらこの授業は席が決まっているらしい。教室に空席はあと一つ。しかもあの彼の隣のみだった。


「では、授業を始めます」


チャイムと同時に授業が始まった。私は言われた席に座る。隣を横目でちらっと確認すると、彼は口元を押さえながら椅子の端ギリギリに座っていた。そんな彼の嫌な態度を受けて、私の気分は急降下する。私ってそんなに変な匂いがするのかな。気になって自分の髪の毛に触れると、ふわっと石鹸のいい匂いがした。お気に入りのシャンプーを使っているのに。


「白井、お前あいつになんかしたの?青峰のあんな態度初めて見たぞ」


授業が終わるのと同時に、隣の彼は勢いよくどこかへと行ってしまった。彼に代わるように日向君が私に近づく。その顔はニヤニヤと笑っていて面白そうな顔をしている。うわ、日向君ってちょっと意地悪なんだ。


「私なにもしてないのに。だって今日が初対面なんだよ」


思わず私は、不機嫌そうにそう言ってしまった。だってあんな態度失礼じゃない。ましてや、これでも一応女の子なのに。


「ま、気にすんなよ」


私の頭を優しく数回撫でながら、日向君はまた意地悪そうに笑った。日向君もリコと同じくらい本当にいい人。私はそんな彼の隣に並ぶ。この学校に来てからまだ初日だというのに、ずいぶんと友達には恵まれているみたいだ。次の授業で今日はもう終わり。さっきのことでまだ少し不機嫌だけれど、日向君のおかげでちょっとはましになった気がした。






翌日。また昨日と同じ生物の授業があった。憂鬱な気分になりながら教室に入る。でも私の隣、つまり青峰君の席に彼の様子はなかった。授業が始まっても彼は来なくて。それだけでひどく安心する。しかし彼はそれからも姿を現すことはなかった。カフェテリアに行っても、あのグループの他の人たちはいるのに彼だけがいない。そんなに私のことが嫌いなんだろうか。でも生物が無い日だってあるはずなのに、彼は来なかった。もしかしたら私が見ていないだけで、違う時間には来ているのかもしれないけれど。


「あ、今日はいるんだな。青峰のやつ」


それから一週間が過ぎた。いつものように日向君と一緒に教室に入ると、あの席に人がいた。そう、青峰君がいたのである。


「白井雪だろ?よろしくな」


先週とは全く違う態度の彼に、凄く驚いた。一体なんなんだ、この人は。全然掴めない。


「そうだけど……」

「俺は青峰大輝。大輝でいいから」


本当になんなの。まるで違う人みたいじゃない。どうも先週とは同一人物に思えない。しかも大輝って。なんで私が貴方のことを、下の名前で呼んだりしないといけないんだ。


「先週は悪かったな。あんな態度とって」

「大丈夫だよ、別に」


気が付いてたんだ。嫌な態度とってるって。謝るならそんなことしなきゃいいのに。


「雪は何で転校してきたんだよ?」


また驚かされた。いきなり呼び捨てなんて、もう全く意味が分からない。何がしたいんだろう。私と友達にでもなりたいのだろうか。


「まぁ、いろいろと事情があって…」

「へぇ、話せよ」

「……何で、貴方に?」

「俺ならお前を分かってやれる」


そう自信たっぶりな表情で言う彼に、少し圧倒された。話すつもりなんてなかったのに。彼の綺麗な瞳に見つめられると、話したくなってしまうのはどうしてだろう。


「お母さんがね再婚したの」

「その再婚相手が気に入らねぇとか?」

「そうじゃなくて……」


それから生物の授業が始まるまで、私がここに来た理由を全て話してしまった。包み隠さずなにもかも。親しくもない相手にこんな話をするなんて。私、どうかしてる。


「お前が幸せじゃねぇだろ」

「いいの……お母さんが幸せなら」


先週のことがなかったら、彼は本当はいい人なのかもしれない。そう思うくらい真剣に聞いてくれて、しかも私のために怒ってくれた。相変わらず掴めない人だ。


「雪、また青峰君が貴方のことをずっと見てるわよ」

「……気のせいだよ」


その日から彼はよく私を見つめるようになった。カフェテリアで食事をするときなんて、特に。そんな私も彼をよく見ているのだけれど。いや、意識しなくても見てしまう。そんな日が続いたある朝、私は自分の車に寄りかかりながら、お母さんにメールを打っていた。だいぶ離れたところには、いつものように私を見つめる彼の姿。


「白井さん、危ない!!」


私と彼の視線が交わって数秒後、切羽詰まったような男の子の声が聞こえた。その声のほうに視線を向けると、そこには今にも私にぶつかってきそうな青い車が一台。ああ、まずい。このまま私にぶつかる。あの青い車に押し潰される。怖くなって目を瞑ると、私にぶつからない代わりに一つの衝撃音が耳に届いた。


「大輝……?」


目を開けた先には、さっきまであんに遠くにいたはずの彼の姿が。そして何かに凹まされた、青い車があった。一体彼は何をしたの。頭が上手く回らない。そして私は訳が分からないまま、ゆっくりと意識を手放した。


Rescue.
(救出)