お母さんは、私を空港まで送ってくれた。何度も何度も「行かなくていいのよ。」そう言ってくれた。私は偽物の笑顔を顔に張り付けて、「私が行きたいの」と嘘を吐く。
「いつでも帰ってきていいんだからね」
「そんなに心配しなくても大丈夫だから。着いたら連絡するね」
今にも泣きそうな顔をしているお母さんに手を振って、私は飛行機へと乗り込んだ。私がこのままお母さんと一緒にいたら、彼女は幸せになれないから。再婚することになった大切な人と、幸せになってもらいたい。だから、私はお父さんと一緒に暮らすことを決めたんだ。あの雨の多い、大嫌いな街で暮らすことを。
「雪」
「久しぶり、お父さん」
空港の前ではお父さんが出迎えてくれた。やはりこの街には雨が降っている。お父さんの運転する車の助手席に乗りながら、懐かしい街並みを眺める。全然変わってない。雨が降っているところも、静かな街並みも、相変わらずだった。
「いい車を見つけたんだ。」
「本当に?」
「そう。ちょっと古いけど僕からのプレゼントだよ」
「ありがとう」
この街は広い。だからお店も近くにたくさんは無いし、学校だってかなり距離があるのだ。車がなければどこにも行けない。私は18歳になるとすぐに免許を取った。まだその頃の私は、この街で暮らすなんて思ってもみなかっただろう。こんなところで免許を取ったことが役に立つなんて。
「新しくベッドと机を買っておいたから」
「可愛い色ね。ありがとう」
この部屋は、小さい頃にまだ3人で暮らしていたとき使っていたものだ。新しく買った大きめのベッドには、可愛らしい掛け布団が敷いてある。私が嬉しそうに笑って見せれば、お父さんは照れたような顔をしてこの部屋から出て行った。これはお父さんの良いところ。ほとんど私に干渉したりしない。私が好きな物以外には無関心だというのは、おそらくお父さんのせいだろう。そんな性格は好きなのだけれど。
「お父さん、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
私の手作りの夕食を一緒に食べて、私は自分の部屋に向かった。お風呂を済まして、髪の毛を乾かす。暖かいベッドに潜り込むと、無性に泣きたくなった。本当はこんなところに来たくなんてなかった。ずっとお母さんと一緒に、あの大好きな街にいたかった。だけど、それではお母さんは幸せになれないから。自分で決めたことなのに、寂しい気持ちは募るばかりだ。案の定、その晩はなかなか寝付けなかった。
「おはよう」
リビングには和食のいい匂いが立ち込めていた。お父さんは一人暮らしが長いせいか料理も上手い。そんな手作りの朝ごはんを、二人で静かに食べる。お父さんは私より早く食べ終わると、早々と仕事場へ行ってしまった。街の警察署長の朝は早いらしい。私も食べ終わった食器を流しへ運び、学校へ行く準備をした。まだ学校に行くには早い時間だったけれど、早くこの家から出たい。お気に入りのコートを手に、プレゼントしてくれた車へと乗り込んだ。
「白井雪ちゃんだよね?」
「あ、うん」
授業のチャイムが鳴り終わると、可愛らしいショートカットの女の子が話し掛けてくれた。この子は確か、午前中の授業が2コマとも一緒だった気がする。
「午前中の授業一緒だったよね?」
「そう、相田リコっていうの。よろしくね」
「うん」
「リコでいいからね〜」
それからリコと一緒にカフェテリアへと向かった。彼女はとても明るくて元気で、話しやすい女の子。こんな良い子が話し掛けてくれてよかった。心底そう思う。カフェテリアには、もう既にたくさんの人で溢れていた。リコの友達らしい子達のいるテーブルに私もお邪魔して、バイキング形式の食べ物の中から自分で選んだ物を食べる。すると、ふとあるテーブルの学生達が私の目にとまった。男の子が六人と、女の子が一人。あきらかに、周りとは違う雰囲気を持つ学生達のグループ。顔はびっくりするぐらい整っていて、スタイルも良い。
「ねぇ、あの子達は一体…」
「ああ、バスケサークルの人達ね」
「バスケサークル?」
「そう。一年生のときからずっとあのメンバーしかいないの。先輩達もみんな抜けちゃって。ほら、誰もあの中には入れないでしょう?」
確かに。あの異彩を放つメンバーの中に入るのは、難しいだろう。誰も入ろうとしないのも頷ける。
「医者のカレン先生の養子らしいよ。七人ともね」
カレン先生。それは昨日お父さんから聞いていた名前だった。一年前に素晴らしい医者が来てくれたと。
「あれは誰?あの肌が黒くて……」
「ああ、青峰大輝ね。…もしかして雪、気になるの?」
「いや、そうじゃないけど…」
「彼は駄目よ。誰も相手にしようとしないんだもの。まるでこの学校に自分と釣り合う女はいない、そう思ってるみたいにね」
リコはまるで自分も相手にされなかった、そんなような言い方をした。彼は一度だけ私を視線に捕らえると、二度と目を合わせてはくれなかった。彼は、なにかが他とは違う。そう思わずにはいられないほど、私は "青峰大輝" という青年に目を奪われたのである。
Transfer student.
(転校生)