その日の夕方、授業が終わった後にリコと買い物に行くことになった。女の子とショッピングに行くなんて久しぶり。大学から車で一時間くらい走ると、大きなデパートがある。私はリコより早く授業が終わったので一度家に帰り、リコに車で迎えに来てもらうことにした。


「雪とショッピングなんて初めてね」

「そうだね。楽しみ」


リコの運転はすごくスピーディーだった。お父さんや私よりずっと。車内には流行りのロックバンドの曲が流れている。彼女の車はとても居心地が良い。


「これ、リコに似合いそう」


デパートに着くと、まず彼女のお目当てのお店に向かった。そこのお店にはシンプルで大人っぽい色合いの、リコに似合いそうな洋服がたくさん並んでいる。


「買っちゃおうかな…」

「セールだし、いいんじゃないかな?」


彼女は嬉しそうな顔で、モノクロのシックなワンピースを手に、会計へと向かった。私も何か買おうと店内を見て回ったけれど、残念なことにピンとくるものが無い。


「雪は買わなくて大丈夫?」

「うん」

「じゃあ、違うお店に行こっか」


それからリコとたくさんのお店を回った。どれも可愛い服ばかりだったけど、私は結局何も買わなかった。


「この近くにね美味しいレストランがあるの」

「へぇ、行ってみたいな」

「じゃあ、決まりね!」


なんでもこのデパートの近くに、美味しいイタリアンのレストランがあるらしい。彼女はご飯を食べる前に行きたいお店があるらしく、私も本屋に行きたかったので一度解散することになった。


「一時間後にレストランの前に集合で」

「分かった」


彼女と別れ、彼女が教えてくれた本屋へと足を運ぶ。本屋はわりと簡単に見つかった。だけど、思っていたところとは違っていて。外装からも分かるように、悪魔や魔女に関するようなそんな専門的な本屋だった。そんなところに一人で入る勇気もなくて、仕方なく違う本屋を探すことにした。






可笑しい。デパートから街の中心部は近いはずだ。過去の記憶を頼りに、中心部へと向かっているはずなのに。一向にそれらしきところには着かない。周りを見渡しても空き地や、古びた建物ばかりしかない。だんだんと辺りも薄暗くなってきているし、迷ったなんてまずいのではないか。


「……」


それに、背後からはずっと足音が聞こえる。私の歩く速さに合わせて、その足音の速さも変わっていく。鞄の中から小さな手鏡を取り出して、髪の毛を直すふりをして後ろの人物を確認した。そこにはいかにも不良というような、そんな若い男が数人。私の勘違いかもしれない。ただ行きたい方向が同じなだけかもしれない。きっと、そうだ。だって私の後を着ける理由なんて、一つも無いもの。


「…つーかまえた」


急に背後から、誰かが私の腕を掴んだ。


「お嬢さん、俺らと遊ぼうよ?ね?」


振り返るとそこには、さっきまでずっと遠くにいたはずの数人の男たちが、ニヤニヤと笑いながら立っていた。怖い。純粋にそう思った。


「離して…っ」

「もー、つれないなぁ」


勢いよく男の腕を振り払って、私は無我夢中で走り出す。後ろからは大きな声で笑いながら走る男たちの声が聞こえる。あの人たちに捕まるなんて、時間の問題だろう。それでも止まることなんかできなくて、とりあえず全力で走った。


「雪!」


奇跡かと思った。それは、幻聴なんじゃないかって。


「早く、乗れ!」


まさか彼がここにいるなんて、思ってもみなかったから。彼は私のすぐ横に車をつけてくれて、私は素早く助手席に乗った。そして車は勢いよく発車する。


「シートベルト、ちゃんとしろよ」


彼にそう言われて、ただベルトを手で握っているだけだということに気が付いた。バチンという小さな音が、静かな車内にやけに響いた。彼はいくつか信号を無視したりとても荒い運転だったけれど、彼がいるだけで私はすっかり安心してしまう。


「私にも、怒ってるの?」


このピリピリとした空気に耐えられなかった。


「そうじゃねぇ」

「でも……」

「それより、大丈夫だったか?」

「うん。ありがとう」


彼の表情は、相変わらず険しい。


「何か俺の気を散らしてくれ。落ち着かねぇんだ」


私は頑張って明るい、面白そうな話をした。すこしでもこの雰囲気がよくなるように。話していくうちに、彼の表情もどんどん柔らかくなる。


「大丈夫?」

「いや、」

「どうしたの?」

「怒りが抑えられねぇんだよ……お前のことになると」


それって、どういう意味?


「俺が引き返して、あいつらを追いつめても……意味ねぇだろ」

「……そうね」


彼は必死で我慢しようとしていた。私が今隣にいなかったら、彼はそのまま男たちを追いつめていただろう。


「リコと待ち合わせしてたの」


ふと、リコと待ち合わせをしていることを思い出し、腕時計を確認すれば、もう時刻は7時を過ぎていた。予定の時間より三十分も過ぎている。きっと心配しているだろう。


「分かった」


大輝にレストランの名前を伝えると、彼はそこまで連れて行くと言ってくれた。リコにちゃんと謝らなきゃ。でもどうして彼は、私の居場所が分かったんだろう。ダメだわたし、彼にどんどん染められてしまっている。もう彼無しじゃ、駄目なくらいに。


It is not escaped anymore.
(もう逃げられない)