小説 | ナノ


「野郎共ー!」

「おー!」

「赤点、脱出したいかー!」

「おー!!!」



応援団でしょうか。いいえ、サッカー部です。


授業が終わり、ぞろぞろと家路につく生徒たちの視線を浴びながら、海王学園サッカー部一同はグラウンドで集会を開いていた。

今日から期末テスト一週間前、部活も禁止期間に入ったというのに、こんなところで集まっていたら先生におとがめを食らいそうなものだけど。
私は呆れつつ、グラウンドの外から彼らを眺めていた。

本当は私も他の生徒に混じってとっとと帰りたかったのだけれど、なんでもキャプテン直々にお願いがあるとかで、仕方なくここに来た。そして既に、呼ばれた理由に大方の見当はついている…ああ、激しく帰りたい。



「ん、おい姓、」

「チッ、気づかれた…」

「お前そんなところに突っ立ってねぇで早く来いよ」


浪川が手をくいっと動かした。
もう後には引けない……観念し、私はグラウンドへと足を踏み入れる。

するとどうだ、


「待ってましたよマネージャー、いや先生!」

「姓先生!」

「頼りにしてます!」

「…………やはりそう来たか」


待っていたのは歓喜の声。私の予想は当たっていた。おそらく私は今日から……


「今日から俺たちに勉強を教えてくれる、姓名大先生だ!赤点など蹴散らしてやれ、いいな野郎共!!!」

「おおー!!!」










そういうわけで、私は今浪川家にお邪魔し、部員たちの勉強を見る羽目になっていた。
と言っても集まったのはほとんど一年生で、わりと真面目に授業を受けてきた私にとってはそれほど苦ではないのだけれど。


「あの、姓さん…あ、先生」

「はいはいいいよ先生じゃないから…何、凪沢くん」

「この問題は…」


それに、一生懸命質問してくる一年生はとっても可愛い。まあここまで焦るレベルに至るくらいなら日頃から一生懸命やっとけよって話なんだけど、それでもやっぱり世話を焼きたくなるくらいには、私は部員のみんなが大好きだ。


だからこそ、


「……湾田クンは何をしてるのかな?」

「んあ?」

「あんたさっきからずーっと同じページ開いてるよね、やる気あるの?」

「あー……」


この空間でただ一人、目を血走らせていない奴のことが気になってしまう。
キャプテンは自分の勉強に必死なようで、湾田には目もくれていない。思わず、お前らそれでも親友かよと疑いたくなる。


仕方がないので湾田のそばに寄った。


「ほら、どこが解んないの?少しは教えられるかもしれないから」

「………んなことより姓、」

「ん?」

「俺眠いわ」

「え、は、何すっ……うわああ!」


大声をあげたせいで、浪川を含む部員の注目が私たちに集まるのがわかった。
だけどわからない、わかりたくないぞ、この状況はなんだ。


あろうことか湾田は、私の膝の上にするすると頭を滑り込ませてきたのだ。


これには問題集とにらめっこしていた一年生たちも流石に驚いたようで、みんな目を見開いている。


「ちょっと!スカートにしわが寄る!っていうかセクハラ!」

「うるせぇな……んー」

「っ!」


うわあああ何このいそぎんちゃく、人様に膝枕させた挙げ句……腰に腕を回してきただと?!


「わ……湾田さん、大胆だなあ…」


一年生が何やら口々に言うのが聞こえたが、今の私は目の前のドレッドを一本引き抜いてやりたい衝動を抑えるので精一杯だ。
人を抱き枕にするなんて、図々しいにも程が……



「…………起きろ」

「?!」


突然どすのきいた声が降ってきて、私は思わず身震いした。
おそるおそる見上げてみると、浪川が湾田のことを物凄い形相でにらんでいて。


「神聖な……」

「はい…?」

「神聖な俺の部屋で貴様ら何をしてやがる!!!今すぐここから出ていきやがれええええ!!!」










「なんなのもう……浪川に呼ばれたから来てあげたってのに」

「あーいつ短気だからな〜」

「全面的にあんたのせいでしょーが」

「あ、そっか」


そんなこんなで浪川家から追い出され、私は夕暮れの住宅街を湾田と二人歩いていた。

一年生には申し訳なかったけれど、私も自分の勉強がしたいところではあったし、よかったと言えばよかったのだろうか……うう、それにしても。


「今頃浪川は一人で一年生の面倒見てるのかな…大丈夫かな」

「大したことねーだろ」

「え?」


湾田の吐き捨てるような口調に少し驚いた。その言葉の意味を問うように、私は彼の横顔を見つめる。


「知らねーの?あいつ本当はすっげー勉強できんだよ」

「そ、そうなの?」

「おうよ。なのにわざわざお前呼んで、勉強会開いてさ…やることセコいよなー」

「……?」


セコいって何が?
それを聞くのは、何かためらわれた。

親友同士っていうのも色々大変なのかもしれないなあとか適当なことを考えたのもあるけれど、それよりも、湾田の目がいつになく真剣な気がしたから。



「ていうか姓、」

「なに?」

「お前もうちょい痩せようとか思わねーの?」

「は?!」


いきなり何を言い出すかと思えば…てめえ湾田ァァァ…!


「ぷにぷにだったから気になって、さ?!おいお前ちょ、いてててて!!!」

「最っ低!!!膝枕してやっただけでもありがたく思え!!!湾田のばか!!!」

「おい落ち着けって姓!」


私は怒りと恥ずかしさで、たまらず湾田の髪を引っ張る。
だが湾田にはあまり効いていないようで、イテェイテェと繰り返しながらもその顔から笑みが消えることはない。悔しすぎる。


「こうなったらドレッド引きちぎって…」

「バカやめろ!違うって!」

「え?」


突如、引き寄せられた。
ぼすんと音がして、私のスクールバッグがコンクリートの歩道に着地。
私のものではない、爽やかな香りが鼻をかすめる。
何が起こっているのやらよくわからない。


「うん、やっぱお前がいいわ、俺」

「え、え?」

「俺にはこんくらいがちょうどいーの」

「なっ……?!」


至近距離で告げられた言葉で我にかえると、次の瞬間、もう湾田の体温はそこには無くて、その背中を目で追えば、いたずらっぽい笑顔が私に向けられていた。

今にも、バーカ、って言い出しそうな表情。
これは最強で最高に……ムカついた!


「待ちやがれこの…セクハラ野郎が!!!」

「っはは、お前浪川宿ってら」

「うるさいっ!待てーバカ湾田ー!!!」

「音速で逃げてやるぜ!」



ああ、たなびくドレッドが憎らしくてたまらない。
だけど、ふと気づいてしまった。

自分の頬も、彼と同じように緩んでしまっていることに。










「く……うっ、うう」

「キャプテン、いい加減に泣き止んでくださいよ」

「だ……て、姓が、湾田に、あんな、あんな破廉…恥な……ひっく」

「あーもう……んなことで泣くくらいなら、そもそもなんで二人揃って追い出したんですか?」

「うっ、え……?」

「今頃姓さん、湾田さんに何されてるかわかりませんよ」

「ちょ、バカ喜峰…!」

「げ!やべっすいませんキャプテ……キャ、キャプテン?」

「…………」

「キャプテン、キャプテン?!」

「…………」

「……固まってる…」




20120310

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