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ホーリーロード地区大会決勝、敗北。

学校のグラウンドを動き回る部員のみんなを眺めながら、重くのし掛かる現実を思い、私はこっそりとため息をつく。


「上がれ喜峰!」

「行くぞ!」


飛び交う声は、決勝戦の前と後では何ら変わらない覇気を宿している、ように感じる。……そう感じるだけ。
ここのマネージャーとして、みんなと毎日の練習を共にしてきた。そこで培った感覚が、「どこか違う」と私をせっつく。そう、やはり、部員たちは少なからず、あの屈辱に心を乱されているらしかった。


「おい!どこに蹴ってんだよ!」

「すみません!」


キレの悪いプレーが目立つ。けれど憂慮すべきことはそれだけではない。ミスをした方が即座に謝りボールを取りに行く、というのが日常茶飯事だったはずなのに。響き渡る怒声に、思わず身震いした。厳しくも温かい雰囲気は、完璧に失われつつあった。

それでも、と。
私は、グラウンドで一人、機敏に攻守を繰り返す『彼』を見やる。


「野郎共!集中しやがれ!」


……そう、キャプテンの浪川蓮助だけには、心身共に決勝戦前との違いは一点も見当たらない。流石の集中力だ。もはや彼の統率のお陰で、海王サッカー部の首の皮がつながっていると言ってもいいかもしれない。

だけど、







練習終了後、部員が着替え終わるのを見計らって、ずっとできていなかった部室の掃除に取りかかる。現状は思わしくないけれど、みんなで頑張ってきた日々が凝縮されたこの場所には私も愛着があるので、一生懸命にならずにはいられない。
だいたいの埃を取り除き、さて片付けに入ろうかというときだった。


「……まだいたのか」

「!」


部屋の入口の方から声。驚いて顔を向けると、浪川がドアから顔を出していた。まだいたのか、なんて、それはこちらの台詞だ。


「浪川こそ、こんな時間まで何してたの」


日も暮れ始めているというのに。


「説教」

「え?せ、説教?」

「…という名の、個人面談」


浪川は言いながら、部室へと入ってきた。
ユニフォームはかなり汚れているけれど、相変わらずよく似合っている。間近で見て改めてそう思っ…とか、何を私は余計なことを!


「あいつら、今日の練習は心ここにあらずって感じだったからさ。帰り道捕まえて、一人一人、調子を聞いてたんだ」

「そっか、それで…」


こんなに遅くまで。


「明日やろうは馬鹿野郎って言うしな」


浪川は笑う。キャプテンとして、今この瞬間、自分に何ができるのか。きっと精一杯考えたのだろう。
練習の合間の、短い時間に。



「…無理しちゃって」


ふと気づくと、そんな言葉を口にしていた。我にかえってももう遅い。浪川の驚いたような視線が、私を貫く。


「無理って、俺のどの辺が無理してるように見えるんだよ」

「……」

「おい、姓」

「………顔」

「は?」


仕方ないので続きを言うことにする。


「そんな疲れた顔で笑ってても、嬉しくない。凹んでるなら凹んでるで、少しは凹んでる顔してればいいのに」

「……」


沈黙が訪れることは予測していた。だけどやっぱり気まずい。ありのままを言葉にしたつもりだったけれど、思ったことの三分の一も伝えきれていない気がする。
私は何をするわけでもなく、おもむろに立ち上がった。浪川に背を向け、その辺に転がっているファイルを適当にまとめたりしてみる。あー、気まずい気まずい気まずい。


「見ての通り、私片付けあるから早く出てってくれる?」

「……」

「浪川?」


応答がない。不思議に思って振り向いてみれば、


「っ…?!」

「あ、悪い。着替えまだだったから」


少しも悪びれずそう言ってのけた浪川は、上半身を顕にしていたのだ。
こっちはびっくり仰天だ。私は慌てて体を180度回転させる。


「ばばばば馬鹿!そういうときは一言ちょうだいよ!」

「だから悪いって言ってんだろ」


キイ。ロッカーを開ける音。後ろを見なければいい話なのだけれど、なぜか動くことにさえ抵抗を覚えて、私はその場にしゃがみこむ。


「………」

「………」

「…にしても、よく見てるんだな」

「え?何が」

「部員の様子も、…俺のことも」


いきなり何を言い出すかと思えば。
私は浪川の落ち着いた声にどぎまぎしつつ、即座に答える。


「そんなの当然でしょ、マネージャーなんだから」

「はは、まあな」

「ていうか!まだ着替え終わらないの?」


本当はもう少し話していたいという気持ちを抑えて、私は浪川をせかした。最終下校時刻が迫っている。いちばん片付けたい場所を、着替えの最中の男の子が陣取っている状態。これはよろしくない。


「悪いな、もうちょっと待ってくれ…ズボンが見つからねぇんだ」

「馬鹿じゃないの……」

「うるせぇ、と、どこへやったかな…」


浪川ががさがさと動き回るのがわかった。いったいどこにどうしまったのか知らないけれど、ズボンを見つけるのも困難な部室。これは、綺麗にするとなるとかなり骨が折れそうだ。

私がげんなりしているところに、背後から声。


「ありがとな、姓」

「…え?」

「お前みたいな奴がいるから、俺は無理できる」

「…どういう意味?」

「………」


問いかけへの返事はない。
その代わり、彼の気配が私の背中に近づいてくる。…ま、待って待って、今、浪川ズボン履いてな───


「お前国語苦手なのか?」

「っ!」

「俺より点数よかったはずなのに」


耳のすぐ後ろで囁かれる言葉。浪川は意識していないのだろう、普段と変わらない調子で話しかけてくる。ていうか国語の点数なんてどうでもいいから、まずズボンを履けよ。


「浪川、私掃除があるから」

「ああ、そうだったな、悪い」


浪川は立ち上がった。私の視界が薄い影に覆われる。


「じゃあまた明日な」

「え?!ズボンは?!」


背を向けていても、彼がドアの方へ向かおうとするのがわかった。
さすがにそのまま外に出させるのはまずい。私は思わず振り返る。

そこで目を見開いた。


「馬鹿だな。着替えなんてとっくに終ってる」


完璧なジャージ姿のキャプテンが、ドアのそばで、私を見下ろしていた。


「…?…?」


彼の意図も、状況も、まったく掴めない。
そんな私の困惑をよそに、浪川は。


「さてと。お疲れ、マネージャー」


笑った?笑わなかった?…判らないくらいの表情をしたが最後、ドアの向こうに消えていく。
青い髪が小さく揺れる。ドアが閉まる。私は視線を、部室の床に移す。

そして、気づいた。

多少粗っぽくはあるけれど、片付けられた形跡。先ほどまで荷物が散らばっていたはずの、広い空間の存在。

考えずとも解った。私が背を向けている間に、彼は……まったく、なんて早業なんだろう。

私はふうとため息をついた。ひとりでに笑みがこぼれる。じわりと温かくなる心の内を、吐き出した気分だった。



『お前みたいな奴がいるから』


彼のような人がいるから、


『俺は無理できる』


私は頑張れる。



ありがとう。
今日もお疲れ様でした。



企画小説サイト・Amore!さまへ「さりげないあなたの優しさ」というタイトルで提出させていただいた作品です。
(訳あってこちらに反映するのが遅くなってしまいました)
Amore!さま、どうもありがとうございました!

20121108

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