「ぎゃああぁぁぁっ!?」
空がオレンジ色に染まってきた。下校時間を過ぎて人気の少なくなった我が学校に、一つの野太い悲鳴が響いた。私はスカートのポケットからメモ帳を取り出して、あるページを開き、正の字を書いた。
潮江 正 正
「うっわ、今週で10回目……可哀想に文次郎」
ぱたんとメモ帳を閉じてポケットにしまい込み、私は目の前のドアをノックした。
「せんぞー資料持ってきたよー、いるー?」
「あぁ、入れ」
一応失礼しますと言いながらドアを開けると、窓から下を覗いている仙蔵の姿が視界に入った。気持ち悪いくらいニヤニヤしている。
「机の上にでも置いといてくれ」
仙蔵はこちらを向かずに机を指差した。机には、ノートやら資料やら腕章やら私物やらが置かれていた。
「うん。……仙蔵、あんたまた文次郎をいじめたでしょ」
「何を言う。いじめているのではない。いじっているのだ」
「いやいやいや。あれはもはや立派ないじめだよ!?」
仙蔵はいつも暇だからと言っては、文次郎や隣のクラスの食満達を自分の仕掛けた罠にはめて楽しんでいる。本人はただあいつらをいじっているだけだとかドS発言をするが、私から見てあの陰湿で酷い罠は、ただの嫌がらせ、とらえ方が悪ければいじめだろうとしか思わない。
先ほど私がメモしたのは、仙蔵の被害に皆があった回数だ。
仙蔵に近づいて外を見ると、中庭で落とし穴に落ちている文次郎がいた。かなり深そうだ。きっと仙蔵の知り合いである綾部と一緒に掘ったのだろう。
「かっわいそ……何で仙蔵ってそんなに文次郎とかいじめるの?嫌いなの?」
「いじっているだけと言ってるだろ。別に嫌いなわけではない。むしろ私がいじるのは気に入っている奴だけだ。友情というものだ」
「私はそんな友情絶対やだな」
しかし仙蔵の言っている通り、思い返してみれば仙蔵の罠にかかっているのは、文次郎や食満、善法寺など、よく仙蔵と行動を共にしているやつらだ。なんとなく、こいつが言った友情を納得してしまう自分が怖い。
だが考えてみれば、一度もこいつに罠にかけられたことがない私は、仙蔵に気に入られてないということなのだろうか。そう思うと少し悲しい気分になる。
そんなとき、私の感情に気がついたのか、こっちを見ながら仙蔵が笑顔でクスリと笑った。
あぁ神様、私は彼の後ろにドSオーラが見えてしまいます。頭が、それとも眼が、おかしくなったのでしょうか。
「いじめてやろうか?」
(全っ力で御遠慮します!!)