ノーストライク(煙と天然)

スモーカーが執務室で書類に目を通していると、何やら緊張した面もちのたしぎが小さなノックと共に入ってきた。


「あの、スモーカーさん」

「たしぎか。なんの用だ」

「スモーカーさんって、今日が誕生日なんですよね。あの、お誕生日おめでとうございます」


どうやらたしぎはわざわざ自分の誕生日を祝いに来たらしい。
スモーカーは誕生日の事など忘れていたが、たしかに3月14日の今日はスモーカーの誕生日である。


「あぁ、そういやそうだったか。よく知っていやがったな」


部下から祝われて嫌な筈もなく、スモーカーは何となくそう言葉を返したが。次のたしぎの言葉にスモーカーはピシャリと固まることになる。


「はい、ユウさんから連絡がありまして。教えて貰いました」

「………ああ゛?」


少しの沈黙の後。スモーカーのドスを利かせた低い声色に、たしぎはビクリと肩を揺らしたがスモーカーはそんな様子に構ってはいられなかった。

ユウとはスモーカーの同期であり、現在は海軍本部に勤めている男である。同期とはいえ、スモーカーは彼と相性が合わなかったため二月に一度ほどの頻度で必要事項を話す時くらいしか連絡はとっていない。
そのユウがなぜ自分の部下と連絡を取っているのか。スモーカーは何故かとてつもない苛立ちを感じた。


「たしぎ、テメェはユウと連絡を取り合ってんのか」

「い、いえ。以前お会いした時に番号を交換しただけで。ユウさんから電話がきたのは今日がはじめてでした」

「今日だと?」

「は、はい!」


スモーカーは限界まで眉間に皺を寄せたしぎを見たので、たしぎは何故こんなにスモーカーが怒っているのか分からずに声を震わせる。

スモーカーはそんな様子のたしぎに彼女を怒っても意味がないと気がつき、不機嫌な顔を抑えて軽く誕生日を祝ってくれた彼女に礼を言って下がらせた。


たしぎが退室してからすぐに電伝虫を手に取りスモーカーはユウへと電話をかける。
ユウは何コールもしないうちにすぐに出た。


『もしもし、スモーカーさんですか?どうかしましたか』


最後に連絡をして一月ほどしか経っていないが、相変わらず誰にでも敬語を使うユウは電伝虫の動作からするに首を傾げキョトンとしているらしい。なぜこうしてスモーカーが電話してきたのか分からないのだろう。


「何テメェは、おれの部下に電話してやがる」

『?………ああ。スモーカーさん、お誕生日おめでとうございます』

「んな事聞くために電話したんじゃねェよ」

『ならどうしましたか?』

「だから、テメェはたしぎに何電話をかけてやがんだ」


彼と話が噛み合わないのも相変わらずである。これで本部ではユウはそれなりに高い地位にいるのだかスモーカーには意味が分からない。
おれがコイツの上司なら毎日殴っているだろうとスモーカーは思う。


『今日がスモーカーさんの誕生日ですので』

「あ゛?おれの誕生日となんの関係あんだ」

『祝われるなら可愛い部下からの方が嬉しいのかなと思いまして。おれからのプレゼントです』

「………まったく嬉しくねェよ」


むしろこれ以上なくムカついた。

と考えて、そこでスモーカーはふと不思議に思った。

………何でおれはこんなにユウに腹を立てているんだ。
別にこいつがたしぎと話そうが誰と話そうがどうでも良いことではないか。

それなのに、なぜ、こんなに虫の居所が悪いのだろう。


『………なるほど嫉妬ですね』

「は?」


ユウの嫉妬という言葉にスモーカーはドクンと心臓が鳴るのを感じ、思わず変な声が出た。
ユウはそんなスモーカーの様子に構うことなく、淡々とした様子で言葉を続ける。


『スモーカーさん、大丈夫ですよ。おれはたしぎちゃんとそういう関係になりたいとは思っていません。電話もただスモーカーさんの誕生日を伝えただけですし。だから安心して部下と上司のフォーリングラブをすれば良いと思います』

「………はァ待て!?テメェ何言って」


スモーカーはユウの最後のありえない一言に声を荒らげたが、それより早くユウは言葉を続ける。


『あっ、だからって仕事場ではそういう事しちゃダメですよ。TPOをわきまえる事が大切らしいです。昨日TPOって言葉を教わりました。時と場所と……何からしいですが。それではおれはこれから会議なので、お誕生日おめでとうございました。失礼します』

「待ちやがれっ、この馬『ガシャン、ツーツー』」


スモーカーの制止もむなしく、ユウは言うことだけ言うとそれを最後にスモーカーに話す隙を与える事無く、ユウは電話を切った。
会議の時間が差し迫っていたのだろうから突然電話をかけたスモーカーにも非はあるのかもしれないが、それでも酷すぎる電話の切り方だろう。

スモーカーはユウの勘違いに思考が止まったが、切られてからあらゆる怒りでフツフツと頭が沸騰した。

職場が離れてせいせいしていたが、こういう時近くにいないとユウを殴れないのがなんとももどかしい。

スモーカーは夜にユウに電話をかけなおすと決めて、不機嫌な表情のまま目の前の書類を集中する事でその怒りを忘れることにした。