ぴえろ(若青雉と幼児化トリップ)

目を覚ました時、おれはパジャマ代わりにしていた大人用のTシャツ短パン姿の幼児になっていた。
しかもおれがいたのは知らない街で、これは夢だと悟って何も考えずにさまよい歩いていると洋風な店の壁に漫画のキャラクターとして知っている海賊の手配書が張られていた。
とある漫画とは週刊少年ジャンプで連載中の漫画である『ワンピース』の事だが。

やばいな、と手配書を見ておれはすぐに思った。これは夢の中だろうが、それでもワンピースはひ弱な子供には危険が伴う世界だ。海賊と出会った暁には現代っ子のおれは死ぬ自信がある。
夢は自分の考え方に忠実だから、きっとこの夢もその通りになるだろう。夢の中でも痛い思いをするのは嫌だ。


それからおれはおそらく子供の丈に合わないTシャツ短パンがおかしいからだろう。島の人たちにジロジロと見られて注目されたため、一度街から離れて人気の無い海辺の砂地に座り思案する事にした。
海の無い県で育ったため写真でしか見たことない美しい海はおれを不安にした。あまりにも、夢にしてはこの砂浜の感触や湿った磯の香りがリアル過ぎる。全てがおれの想像力だとしたらなんと逞しいのだ。

これからどうしようかと海を見ながら考えていると、突然目の前の海が凍り始めたのでおれは思考を中断する事になった。
ピキピキと音を立てて凍る海にびっくりして動けずにいると、海上にできた氷の道をチャリに乗ってこちらへ向かってくる人影が現れた。

おれは、その男を漫画で知っていた。彼は海軍大将である青雉クザンである。
まさかそんな主要キャラに会えるとは思っていなかったので驚いて彼を座りながら見つめていると、チャリで走ってきたクザンはおれの前でチャリを止めて品定めをするように黙っておれを見下ろした。彼の服装からして、まだこの世界は二年より前の時間軸らしい。

それにしても、クザンはまじで体がでかかった。普通の子供ならコレ絶対に泣くだろ。体格が規格外すぎる。
けれど、おれは彼が安全な人ポジションにいるのを知っていたので……泣くほどは怖くなかった。それより、彼のそばにいればおれは夢から覚めるまでの間は危険から逃れる事ができるだろう。


「パパー!」


とりあえず立ち上がり、クザンへとそう言ってみた。何故パパと言ったかって?何も考えてねえよ。
突然の事におれはたぶん混乱していたのだと思う。

おれはそう言ってクザンに近寄ると。


「………人違いでしょうよ」


と怪訝そうな顔でクザンはおれから一歩下がってそう言った。


「自分の下半身の責任もとれないなんて、大人としてどうかと思うよ」
「そんな事を言う子供もどうなの。おれには身に覚えも無いし。こんなとこで遊んでないで親のところに帰りな」


と言うが早いかすぐにクザンは再びチャリに足をかけると島の中へと去って行った。

クザンがいなくなってから、おれは「あーあ」と呟くと吸い込まれるように砂浜へと腰を降ろした。さすがだらけていても大将、覇気とか別に使ってはいなかったのだろうが迫力があった。



 ******


それから一月ほど経ったが、何故かおれは夢から覚める事ができなかった。
おれはその間、海賊に遭う事なくなんとか人生初のホームレスをやって過ごしていた。暖かい時期なのが幸いしていたが、それでも野宿とは相当きついものだった。しかもここはおれの知ってる世界とは異なった世界なのだ。幸いな事にまだ食中りにはなっていないが、何が安全なものかも分からずに生で食べるのは相当な賭けだった。


そんな生活をして1ヶ月程後、体力を温存するために砂場でボーと海を見ていると。また海上の海が凍り、チャリンコに乗ったクザンが現れた。

彼は前のように砂浜まで来ておれの前にチャリを止めると、ボロボロになってるおれを驚いたように見下ろす。少し、自分の汚い姿が恥ずかしかった。


「………おまえ親はいないの?」
「だからおじちゃんがパパだって言ってるじゃん」
「おじちゃんって年じゃないんだけど。………えっ、本当におれの子供?」
「違うけど。身に覚えでもあるの?」
「………オマエ、なかなか良い性格をしているみたいじゃないの」


おれはクザンに目を合わせずに答えた。
生意気なガキだと思われるかもしれないが、本当は甘えて庇護対象に思わせた方が良いのだろうが。おれには無理だし、なんだかもう疲れすぎて投げやりになっていた。


「………で、もう一度聞くけど、親はいねェのか?」
「いるけど」
「じゃあ、なんでそんなにボロボロなのよ」
「…………家に帰れないから」


家に帰れない。
そう口にして、はじめて現実がおしよせてきた。今まで自分を誤魔化して現実から逃れようとしていたが。
………帰れないのか、おれは。


「家に帰れないってなんで?」
「おれの家はすごく遠くにあるから……」
「遠くって、グランドライン内じゃねェの。別の海か?」
「……………おれのっ、故郷はこの世界のどこの海とも繋がってねぇよ!」


おれは思わず、声をかけてくれたクザンを怒鳴ってしまった。もう、なんだか参っていた。
いきなり怒鳴ったおれにクザンは目を瞬いておれを見下ろした。
そのおれを見通すようなクザンの視線が急に、無性に怖くなって。おれは立ち上がるとクザンに背中を向け森へと駆け出した。


「痛っっ!?」


けれど、森へ入る前におれは転んでしまった。転んだ場所がスケート場のリンクのように凍っていたのでどうやらクザンが能力を使って転ばせたのだと悟る。


「逃げるこたァねェでしょうよ?」


いつのまに近づいて来ていたのだろうか。クザンは転んだ衝撃でうつ伏せのまま起き上がれないおれの背後から、脇の下へと手を入れるとおれをヒョイと持ち上げた。
驚いて顔をクザンへと向け見上げるとクザンは面倒くさそうにおれを見下ろして「とりあえず、事情を聞かせてもらうとしましょうか」とおれを小脇に抱えて自転車へと乗った。

もちろんおれは暴れたが「あまり暴れると凍らせるよ」と冷気を発しながら脅されたので大人しくするしか無かった。




それから、おれは誘拐された事で記憶が混乱していると判断され、子供のいない夫婦へ養子にととられた。
保護されてから分かったのだが、時間軸は原作開始時から十年近く前だったらしい。クザンはまだ大将では無かったようだ。


引き取られてからは、たまにクザンはおれに会いに来てくれた。