白雪の行方4
月日は流れて数ヶ月後、私は沖矢さんに話があると人のいない大学の空き教室に呼ばれました。
教室へ行くと一人、教室に佇む沖矢さんがいました。表情を伺いますがいつもの通り彼の目は細いので、彼が何を思って私に言ったか分かりにくいです。
私は念には念を入れて何があっても大丈夫なように杖を隠し持ち応じました。
沖矢さんは私が教室に入ると教室の扉を内側から鍵をかけました。思わず警戒した表情を浮かべると沖矢さんは申し訳なさそうに小さく笑いました。
「すいません。誰にも聞かれたくない話でしたので」
沖矢さんは安心させるためでしょうか、私から少し距離をおいて向かい合います。
「聞かれたくない話ですか?」
「ええ、今までずっと貴方に隠していた話です」
「隠して?」
「はい」
沖矢さんはそこで一度話を区切り、つづけました。
「まず、僕は沖矢昴ではありません。……本当の名は赤井秀一という」
沖矢さんは首もとに手を当て敬語を止めると同時に声色と口調もまったく変わりました。細かった目も開かれます。それだけで相当に雰囲気が変わりました。
私はもともと彼が変装だということは知っていましたが、テールに調べて頂いていたことなので初めて聞く彼の声に驚きました。
声の使い分けでしょうか。上手ですね。その時は変声機を使っていたことを知らなかったので素直にそう思いました。
「突然こんなことを言っても信じてもらえないだろうが。俺はFBIに属していて今はもう壊滅したが、ある組織を追うために普通の大学生である沖矢昴を演じてきた」
「FBI、ですか」
FBI……そこまでテールに調べて頂いていなかったのでさらに驚きました。
友達をあまり調べ過ぎるのは良くないことかと思いましたので、後悔はしませんが。
FBI。
せめて日本の警察くらいの身近なものの方が受け入れやすいですが。いえ、どちらだとしても驚いたでしょうが。
「分かりました」
「ずいぶんと簡単に信じてくれるな」
「嘘なのですか?」
「いや」
「なら信じても構いませんよね」
すぐに信じた私に赤井さんは驚いた様子です。
彼からすればこんな話をすぐに信じるのは不自然でしょうが。普通でしたら国際ロマンス詐欺などを疑うところでしょう。
私は少しだけ知っているので知らなかったフリをするのも面倒くさ、問答をする必要性もないのです。
それよりも。
「だとしてもなぜ今、赤井さんは秘密にしていたそれを明かして下さったのですか?」
私はその方が気になりました。
このタイミングで正体を明かすなんて
「もう沖矢昴を演じる必要が無くなったからだ」
明かしても問題が無くなった時くらいでしょう。
「それは……。これで、さようならということですか」
もう、沖矢さんをやめるということは大学にも来なくなるということでしょう。
それは、とても寂しいです。そう思うくらいには私は彼の事を好ましく思っていましたから。
「そうしたくないから君にだけは正体を明かした」
赤井さんは私をじっと見つめて言いました。
「できることならもっと早くに君に正体を明かしたかった。以前、テロリストの事件に巻き込まれたときはすまない。もし俺が君に正体を知らせていれば君は無理な行動を取る必要が無かっただろう。君を危険に晒してしまった」
そう赤井さんは後悔するように言いました。ずっと気にして下さっていたようです。
けれどあの時、彼がFBIだと知っていたら、私は赤井さんを信じてテロリストへ立ち向かわなかったでしょうか。
テロリストよりも隣のFBIに正体がバレてしまうことを警戒してしまいそうですね。
そもそも私は魔女ですから。
FBIと魔女、どちらがあの場合は有利だったのでしょう。もし、私の方が優位だとあの時思っていたら私はおそらく行動していたでしょう。
だから赤井さんが気にやむことではありません。
赤井さんは正体を明かしては下さいましたが、私が魔女だということを知りません。
ですから自分に力がありながらただの女である私に危険な行動をさせてしまったことが申し訳がなかったのですね。
「赤井さん、貴方がFBIであろうと、なんであろうと私は同じ行動をしていたでしょうから気にしないで下さい」
赤井さんが誰であろうと結局は私は動いていた可能性が高いですから。
そう思い伝えますと、赤井さんは開いていた目を細めました。
「それは、…それでも俺に君を守らせてはくれないということか」
すこし冷やりとする声色で言いました。
赤井さんはなぜか怒っているようです。
「私の身は私で守れます」
「君はいつかしてくれた君の申告通りに力も一般レベルで非力だ。戦える訳がない。それに、結局あの事件の時も生死をさ迷ったじゃないか。それでも自分を守れると?」
「あれは、必死で。銃が暴発する可能性を忘れていましたから。次は気を付けます」
あの事件の後、親が銃弾からミサイルまでを防ぐお守りを送られてきたので今なら例えミサイルに撃たれても大丈夫です。
「頭で分かっていても守るすべをそんなに簡単に身につけられる訳ではない」
「……確かにその通りでしょうが。身につけたからと言って赤井さんだって無事であるかという保証はありません」
「だから君はまた俺を庇うために危険な行動を続ける気か。それではいつかは命を落とすだろう。俺は、もう大切な人を失いたくはない。今度こそ君を守りたいんだ」
言い返したいことはあります。
危険な行動を取る機会などそれこそFBIではないのですから今は平和な日本でそんなに数はありません。
それに話すことはできませんが、魔女なので本当に守って頂かなくても私は私の身を守れます。赤井さんが傷つくことが私は嫌です。
そんな言葉を言い返したかったのですが、赤井さんに守りたいと言われて私は言葉が出てきませんでした。
「今まではずっと俺がFBIであると、君を守れる力があると言うことができずに陰から君を守るしかなかった。けれど、今はもう君を守ることができる。俺にミリア、君を守らせてくれ」
「それは……貴方が守れなかったという人の代わりですか」
先ほど、もう大切な人を失いたくないと赤井さんは言いました。
FBIという職業上、亡くしたことがあるのでしょう。
もしも重ねているのでしたら、私に重ねる必要はないと断ろうと思いました。
けれど、赤井さんはきょとんと驚いた様子から面白そうに小さく笑いました。
「いや、勘違いさせてしまって悪かった。確かに初めはその気もあったが、今は違う。いつの間にかミリア、君が失いたくない存在になっていたんだ。好きだということだよ」
赤井さんは遠かった距離を詰めてきました。
「応えてはくれないだろうか」
嘘のない真剣な様子で赤井さんは私を見下ろします。
応えて、しまっていいのでしょうか。
好きと言われて私は動揺しました。
私は赤井さんの事は好きです。それは恋愛としてなのでしょうか。
けれど、断るという選択肢が言えないほど、私は沖矢さんの……赤井さんのことを好いていたようです。
それにもし、これで断ったら恐らくはもう赤井さんに会えないのでしょう。そんな予感がします。
それは嫌です。
「ありがとうございます。その、私も貴方の事が好きですから、いなくならないで下さい」
私が拙いながらもイエスと応えますと、赤井さんは私の顔に手を添え、まるでキスをしようとするように顔を近づけましたが途中で止めました。
「君にキスをしたいが、この姿では止めておこう。沖矢昴に嫉妬をしてしまいそうだ」
赤井さんはそう言って優しく微笑みました。
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[mokuji]