白雪の行方2

 赤井秀一は沖矢昴を演じるに当たってきちんと大学へ行き、それなりに人付き合いもこなしていた。

 だからといって他への支障がないための人間関係を心掛けていたので、友人はあまり人付き合いの積極的ではない者や同性に限定するようにしていた。同性を選ぶ理由は時に異性の関係は煩わしいものへと発展してしまうことを考えてのものであった。

 そんな中、一人異性ではあるがそれなりに友人と呼んでも支障のない程度の友人を作った。
 英国からの留学生、ミリアだった。
 友人となったきっかけはただ席が隣だっただけ、ただ目があったため挨拶をした、ただ偶然に会ったから同じ授業へ一緒に向かっただけの積み重ねのものだったのでもしかしたらミリアは自分のことを友人とは認識していないのではないとも赤井は思っていた。しかし、そんなことは沖矢昴の間のことなのでどちらでも良かった。


 そんなある日、東都大学でミリアと一緒に授業を受けていたとき、銃を所持したテロリストによる立てこもり事件が発生した。

 相手は三人で、もしここにいるものが赤井一人であったなら大立ち回りをしていたのだが、ここには勉強ばかりしてきたようなひ弱な者しかいなかった。
 今は隙を探るのが一番だと、赤井は捕らわれたフリをすることを決めた。
 もちろん、後ろ手に縛られた縄は隠し持つ刃物でいつでも切れるようにし、目に巻かれた紐は下だけは見えるように隙間を作り、視界良好とは言えないが机の金属や床の反射を見てテロリストのいる場所を把握できる程度にはすることに成功した。


 しばらく大人しく拘束されていると警察との電話を切ったテロリストが人質のいるこちらへ向けて声をかけてきた。

 「さあて、まずは誰に尊い犠牲になってもらおうか」

 テロリストの一人がそう言って人質の元へと近づいてきた。
 それにすぐ隣にいたミリアが不安そうに、身動ぎをしたのを感じ赤井は彼女を庇うように少し前へ出た。

 彼らテロリストの目的は人質である学生を殺すことらしい。

 それならばこれ以上隙を伺っている場合ではないと、赤井は判断した。

 すでに位置関係は把握した。

 赤井は手の拘束を解き、テロリストへ向かおうとした。

 バチンッ

 しかしその直前、まるで大きな静電気が起きたような音がしたと同時に隣にいたはずのミリアの気配が消えた。

 「てめえっ」

 テロリストのその言葉と共に赤井たちとは反対方向へ何故か銃弾が浴びせられ、テロリストの一人が床へ倒れる音を聞いた。

 「貴様、何者だ!」

 恐れるように叫ぶテロリストはさらにまた別の方向へと撃ち続ける。

 赤井は何かがあったとすぐに悟り、それはテロリストにとっては良くないことだと理解した。
 誰かがテロリスト相手に戦っているのではないかとすぐに判断して、自分の手の拘束と目隠しを取り外した。

 まず見えた光景は、いつの間に拘束を解いていたのだろう残り一人のテロリストの正面に立つミリアの足に、気を失ったように倒れたテロリストの銃弾が貫くところで。

 そんなミリアへ容赦なく銃を向けたテロリストの動きにに赤井の頭は白くなり、ほとんど衝動的にタックルした。

 テロリストの銃声が鳴り響く。

 後少しでも遅ければと思うと赤井はゾッとした。

 赤井はテロリストの持っていた銃を遠くへやり、テロリストを素早く拘束すると急いでその場へ倒れたミリアへ駆け寄った。

 「ミリア」

 ミリアの足からは大量の血が流れている。

 このままでは、死んでしまう程の。

 赤井は急いでミリアの止血をしようとした。

 そんな赤井に気がつき、ミリアは赤井をぼんやりと自分とは違う色の瞳で見つめると。

 「沖矢さんが、無事で、良かったです」

 そう嬉しそうに言って、気を失った。
 自分の事より赤井の事を思ったミリアに赤井は怪我などしていないのにどうしようもなく痛くなった。

 「ミリア!」

 赤井はミリアの名前を呼んだ。どうしてこのようになったのだと疑問に思うよりも、もし自分がもっと早く動いていればもっとましな結果になっていたのではないかと悔いるよりも。

 ミリアのこの光景が大事な者を失った時と被る。

 失うのが怖い。

 彼女はただの友人とも呼べないような関係であったはずなのに。
 だから必要以上に異性と関わるものではないはずだった。

 「死ぬな、ミリア」

 赤井の言葉に返すものは何もなかった。

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