夜道事件 前
思い出したように小さな雨の降る夜に日本のダイアゴン横丁のような魔法使いの街に行くために、私は人に気がつかれないためのいつものローブを羽織り繁華街を歩いていました。
すると、そこにはパーカーのフードを被り顔を隠しながら道を急ぐ安室さんがいました。
どうかしたのかと不思議に思って彼を見ているとまるでイギリスで出会った時のように何者かに追われている最中のようでした。
彼は黒服の男性二人に追われています。
ですので私は彼らの後を付けました。
できることなら関わりたくはありませんが、見過ごせるほどに私は強くはできていません。
細い路地に安室さんを追って黒服の二人が入ったところを見計らい私は二人を魔法で転ばせました。
そして念のために失神呪文を掛けました。
これでしばらくは起きることがないでしょう。
そっと細い路地へと近寄り安室さんの進んで行った奥を除くと奥では安室さんが銃を構えながら驚いた様子で倒れた二人を見ていました。
どうやら奥は行き止まりのようでした。絶体絶命のようにも見えますが安室さんならどうにかしていた可能性もあるのでいらぬ世話だったかもしれませんが、いつも助けて頂いている恩返しが少しでもできて良かったです。
安室さんは警戒して銃を倒れた黒服達へ向けながら慎重に近寄ります。
二人は私の魔法がかかっているのでピクリともしません。
私としては一仕事終わりましたのでさっさと魔法使い街へ行こうかと思いましたが、まだ何かあると危ないので路地の前で安室さんを見守っていました。
安全が確認できたのか安室さんは急いで銃を見えないようにしまいながら路地を出ました。彼らを捕まえたりはせずに今は逃げるようです。公安の方の仕事ではなかったのでしょうか。
逃げる際に安室さんは私のすぐ横を通りすぎようとして、いきなり立ち止まり
「ミリア?」
私の名前を呼びました。
私は思わず、後で思い返せばすぐに逃げれば良かったものの、その場に固まってしまいました。
まさか名前を呼ばれるとは思っていませんでしたから。
名前を呼びながらもローブのお陰で視線は合いませんが、それでも安室さんはこちらを見ます。
そしてまるでそこにいるのを知っているかのように、手を動かすと、両手で私の肩を思い切り掴みました。ローブは姿を見えなくするだけなので触られることはできてしまいます。
思わずびくりと肩を揺らしてしまいますと、「すいません」と安室さんは謝り手の力を抜きました。
そして肩から私の手の位置を辿りますと手を掴み、引いてその場から連れ出そうとしました。
私は姿現しをしようか迷いましたが、ことによっては彼の記憶を消さなければならないので為されるがままに付いていきました。
路地から離れた海辺の人が斑にいる公園で、やっと安室さんは止まりました。
けれどまだ引く手を離して下さいません。
ほどほどの明かりしかない夜の中、安室さんは私のいる位置をじっと見つめ黙っています。
私は繋がれていない片方の手で杖を持ち、彼へと向けました。
連れていかれる間に考えましたが、やはり早く私についての記憶を消しておくのが一番安全でしょう。
私は安室さんに忘却呪文をかけようとしました。
「ありがとうございます」
けれども真剣な表情を浮かべた彼からこぼれたお礼の言葉に杖が止まりました。
「あなたが僕を助けてくれたんでしょう? ありがとうございました」
「……」
私は無言で見つめます。
すると何も反応のない私に安室さんは小さく微笑みました。
「警戒しないでください。僕は何も聞きませんよ。ここに連れて来たのはあなたには必要のないことなのかもしれませんがあの場に残すことが心配だったからと、お礼を言いたかったからだけです」
安室さんは優しく言います。
「もちろんあなたのことを知りたくないかと言ったら嘘になりますが。なんで姿が見えないのかということや、あなたは誰なのかとか。聞きたいことはたくさんあります。 けれど、知らなくても構いませんからどうか……いなくならないでください」
「それが何よりも哀しい」と彼は言いました。
それでも何も話さない私の手を繋ぐ安室さんは離しました。
いなくならないでと言いながらも、決断は私に任せると言っているようです。
彼は、私だと気がついているのでしょうか。
彼には姿は見えていませんから、確信を持っているとは思えません。けれど誰かも分からない相手にいなくなるなと言うでしょうか。
本来なら記憶を消すべきです。
けれど、
私は自分だと気が付かれていないことを言い訳として姿現しをして何もせずにその場から立ち去りました。
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[mokuji]