ヒーロー×2事件

 ※ifストーリー
 ※『』は英語


 とあるポアロの営業時間。事件のない時分は静かな軽食のある小さなカフェに一つの嵐がやってきた。
 ポアロに西洋人の青年が来店すると、従業員である安室透を目当てに最近増えている女性が色めき立った。なんて言っても俳優かモデルかと思われるほどのイケメンのご来店だったのだ。
 彼は少し店内を見渡すと席へ案内するために近寄った安室を無視して店の奥の方で注文を取り終わったミリアへ声をかけた。


 「ミリア!」

 「セドリック」


 彼、セドリックがミリアの名前を呼ぶとミリアはセドリックの名前をつぶやき、会釈をしてから注文をカウンターに伝えに行った。

 それからすぐにセドリックまで近寄ると、高い位置にある彼を見つめた。


 『こちらに来ていたのですね』

 『うん。君がここで働いているって知って来たんだけど迷惑ではないかな』

 『ええ、まだ人の少ない時間ですし。セドリックは仕事の方は大丈夫なのですか?』


 確か不死鳥の騎士団の仕事で今は忙しいはずですがとミリアは暗に言うと、セドリックはミリアへと綺麗に微笑んだ。


 『うん、少し休暇を貰って来たんだ』


 休暇を貰って日本に来てしまって大丈夫なのだろうか。
 いや、原作でも結婚式をしていたくらいだから大丈夫なの、かしら。とミリアは納得することにして頷いた。
 なんとなくツッコミを入れてはいけない気がしたのだ。


 『ミリアさん。こちらの方は?』


 セドリックと話していると安室が少しだけ怪訝そうに流暢な英語で尋ねてきた。

 『はい、学生時代の友人です』

 『ああ、ただの友人なんですね』


 安室は安心しました、と言うように嬉しそうに綺麗な笑顔で頷いた。
 それを見たセドリックは片眉を上げる。


 『ミリア、彼は?』

 『このポアロで一緒に働いている方です』

 『そうなんだ。良かった』


 今度はセドリックが安心したような表情で微笑んだ。
 そんな中、ミリアは店員に声をかけられ、その場を去った。


 客へ料理を出した後、少ししてミリアはまだ立ち話をしていた二人の元に戻ると、二人は勢い良くミリアに振り返った。


 『『ミリア(さん)は、僕と彼どっちが好き(ですか)!?』』


 いきなりの質問になんの話だ、とミリアは思った。
 まだ早口の英語だから良いものの公共の場で。

 安室の自分を好きだというのは演技だし、セドリックはもう自分のことを好きではないと思い込んでいるミリアは、ただ困り、そして恥ずかしくなった。顔が赤くなる。


 『な、このような場所で何を言っているのですか』


 可哀想なくらいに顔を染めて目を潤ませているミリアに二人は今いる場所をやっと思い出し、おろおろと謝罪をする。二人とも暴走はすれども空気はきちんと読めた。


 『ごめん、ミリア。いきなりこんな事を聞いて』

 『すいません、ミリアさん。あなたがこのようなことが苦手だと知っていたのに。配慮が足りていませんでした』


 必死に謝ってくる二人にまたミリアは困ったが、とりあえず一旦セドリックを席に案内した。




 『ねえ、ミリアはイギリスへは戻らないのかい?』


 セドリックに注文されたコーヒーを持っていくと、セドリックにそう尋ねられた。


 『そうですね。大学の間は日本にいるつもりですが。その後は考えていません』

 『そう。ならしばらくは戻らないんだね。……僕は君が危険の少ない日本にいてくれるのは良いと思っていたんだ』


 けど、とセドリックはカウンターにいる安室をチラリと見た。
 安室は食器を拭きながらもこちらを気にしていることが分かる。

 セドリックはミリアに死んで欲しくはなかったから闇の勢力の影響が強くない日本に行くと知って素直に喜んでいた。
 けれど実際に日本に来て、明らかにミリアを好いている人を目の当たりにして動揺した。
 全てを投げ出して日本に来たいと思ってしまうほどに。


 『今日はすぐに帰らなければならないけど。また君に会いに来ても良いかな?』

 『それは。こちらに来ても大丈夫なのですか?』

 『うん。僕はミリアに会えない方が大丈夫ではないから』




 それからしばらくしてセドリックが店を後にすると、ミリアは安室に話しかけられた。


 「ミリアさん、彼とは、仲が良いようですね」


 複雑そうに噛み砕くようにそう言われ、ミリアは眉を寄せた。


 「そうですね。悪くはないかと思います」

 「……さっき、彼から言われました。彼は君が心配でここに来たらしいので、心配せずとも僕がミリアさんを守ると伝えますと。はっきりと僕では君を守れないと」

 「……」


 ミリアは魔法使いでない一般人相手に何を言っているのかと少し思ったが、顔に出さないように気をつけた。
 探偵である安室に気づかれる訳にはいかない。


 「そんなことはありません。現に私はたくさん安室さんに助けられています」

 「僕は、あなたが困っているときは助けたいと思っている。けど」


 安室はミリアを見つめた。
 あのセドリックの自分では助けることができないと断言できるものはなんなのだろうか。
 単純に女性だからや異国だからという意味とは違うニュアンスを感じた。


 「もし困っていることがあれはなんでも言ってください。僕はあなたのことを彼よりも知らないのかも知れませんが守れないほど弱くもないはずですから」


 公安であり黒の組織のスパイである安室は人並み以上であるという自信があった。
 だからミリアへそう伝えれば、ミリアは少し困った表情をして「ありがとうございます」とお礼を言った。

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