再訪問事件

 大学が終わってから自宅のマンションへと帰りますとマンションの入り口に学生服を着た一人の高校生が横に紙袋を置いて腰を下ろしていました。


 「遅え」

 「あなたとは何も約束をしていないはずですが」


 出会い早々に顔をしかめて文句を言ってくる彼は一月前に私の家にベランダから入って来た怪盗のようでした。
 変装……仮装?をしていない状態の彼を見たことはありませんでしたが、漫画やアニメで知っていましたし、私の家に来る高校生なんて他に思い浮かばないのでそうだと確信があり怪盗だと断定をして私は返事をしました。


 「それで、何か用でもありましたか?貴方の忘れ物は家にありませんでしたが」

 「……用っていうか。前世話になったからお礼をしに来た」


 彼は立ち上がりそう言うとジブリ映画のト○ロに出てくる少年の様に私に紙袋を押し付けるように手渡しました。
 老舗ケーキ屋の袋の中に箱が入っています。重さからしてもおそらくはケーキでしょう。


 「えっと怪盗さん、ありがとうございます」

 「っおい、その呼び方は他のやつに聞かれたらヤバいから呼ぶなら快人って呼べ」


 慌てた様子で快人さんは詰め寄って来て言います。
 それにしても快人って怪盗と似ていますね。一文字違いです。


 「苗字は無いのですか?」

 「黒羽だけど」

 「分かりました。黒羽さん」

 「……名前の方で呼ぶのは嫌なのか」

 「日本人相手に名前で呼ぶのは気安過ぎますよね。ああ、私のことは前と同じように名前で呼んで下さって構いませんよ」


 前家に来たときはコナン少年と安室さんが帰った後、彼は私のことをミリアさんと呼んでいましたので。それについて今更訂正するつもりはありません。

 私が彼を名前で呼ばないのは、やはり日本人を名前で呼ぶのは抵抗があるからです。
 そもそもイギリス人として学校に通い始めた時もファーストネームで呼ぶことに抵抗がありましたが、ファーストネームで呼ぶことが普通だと思っていたので呼んでいただけでした。
 しばらくしてから親しくない人はイギリス人でもファミリーネームで呼ぶことを知りました。あの時はファミリーネームに呼び変えるか迷いました。

 ということで、私は中身が日本人ですので名前呼びは抵抗があります。


 「立ち話も何ですし、お茶くらいは出しますから家に来ますか?」

 「いいのか?」

 「はい、お土産もいただきましたしお礼です」

 「お礼にお礼って……」

 「もちろん、お茶のお礼はいりませんから」

 「……おう」


 私は予め言っておきますと、黒羽さんは少し思うところのあるようにしぶしぶと頷きました。





 「なんか良い匂いがする」


 私の部屋に来た黒羽さんは開口一番にそう言いました。


 「良い匂いですか?」

 「和風な、肉の煮物の匂い?かな」

 「ああ、でしたら豚の角煮ですね。昨日作りましたから」


 私は黒羽さんをテーブルの椅子に座らせてキッチンでお茶を用意しながら答えます。
 今はもう冷蔵庫に入れてありますが、まだ匂いがするのでしょうか。私には分かりませんが。
 ……換気扇を付けておきましょう。


 「角煮って、ミリアさんは和食も作れるのか」

 「ええ。ですがなんでもという訳ではありませんよ。ただ和食が好きなだけですし」


 前世は普通に日本人でしたから和食を作っていましたし、とまでは説明しませんが。王道のものくらいなら作れます。

 私はお茶を置いて黒羽さんの向かいに腰掛けました。


 「ミリアさんて何で日本に来たんだ?」

 「日本が好きだからですね」

 「へえ、日本のどこが好きなんだ?」

 「秘密です」

 「そこは何で秘密なんだよ」

 「答えたくないからに決まっているじゃないですか」


 好きなのは前世のせいだなんて言う訳ありません。頭が可哀想な人になります。
 嘘を吐いても良いですがそれも面倒ですし。


 私の答えに黒羽さんは不満そうに口を尖らせました。


 「そういう貴方こそ。何故ここに来たのですか」

 「何故って、さっきも言った通り前に世話になったお礼をしにきただけだけど」

 「1ヶ月も経ってですか?」


 もし本当にお礼だとしても、お礼なんていまさら過ぎます。
 学生や怪盗で忙しいのでしたら分かりますが、今は比較的学校行事も無い時期ですし、キッドとしての活動も前回会った時以来聞きません。
 ですから何か話があって来たのでしょうと私は思っていたので返事を待ちじっと黒羽さんを見つめますと、彼は何故か顔を赤く染めました。


 「そ、それは仕事で忙しかったから」


 と、黒羽さんは分かりやすくどもりながら嘘を言いました。


 「……本当に他意はありませんか?」

 「な、ない!」

 「……」


 どうやら他意はあるようですが。怪盗をしている人がこんなに分かりやすくて良いのでしょうか。

 彼の真意は分かりませんが。

 私は彼に用事があると思っていました。
 ケーキを渡しながらも何か言いたそうな様子でしたし。
 ですからテールがこっそりと見守っている家の中まで呼びましたが。

 用事を話すつもりはないのでしょうか。

 とはいえ私としても高校生相手に根ほり葉ほりする気はありません。


 「用がないのでしたら聞きませんが。あの日帰った後は大丈夫でしたか?」

 「ああ。さすがにずっとは張ってられねえだろうしな。俺もなるべく見つからないようこっそりと帰ったから特に何もなかった」

 「なら良かったです」


 私は彼に思わず微笑み言いました。少しだけ気にはなっていましたから。

 まあもし見つかっていましたら安室さんも何も言わない訳がありませんしね。
 あの後安室さんとシフトが一緒になった時、笑顔で探りを入れられましたが確たる証拠もなかったようで細かいことは言ってきませんでした。薄々は気が付いているのかもしれませんが。
 さすがに無粋ですから確かめるために開心術を使うつもりもありませんので使いませんでした。開心術は魔法界でもあまり好かれてはいませんから。


 「あの日は女の部屋に夜遅くまでいて悪かったな」

 「そうですね。下手をしたら高校生を泊めたということで捕まってしまいますし」

 「……いや、そこじゃねえだろ……もしかしてミリアさんて男を泊めることは珍しくないのか」

 「……」


 そういえば今世で男の子を日付が変わるまで部屋に入れたのは彼が初めてでした。まあ学生の時は寮でしたし、日本に来てからもやはりイギリス人なので声をかけられにくいですから。


 「あ、そりゃイギリスならそういうこともあるよな。それにミリアさんは大人だしな。変な質問して悪い」


 私の沈黙を勘違いしたらしい黒羽さんは顔を真っ赤に染めて言いました。


 「勝手に勘違いしないで下さい。男性を真夜中まで部屋に入れたのは貴方がはじめてです」

 「はじ、めて?なのかよ」

 「はい」


 私は頷きますと、黒羽さんは顔をさらに赤く染めました。首もとまで赤いです。
 彼はそんな赤い顔に手のひらを当て髪を軽くかきあげました。


 「それは、別の意味で悪い」

 「その謝罪がどんな意味かは知りませんが。謝らないでください」

 「……前にガ……子供と来た男は呼んだことなかったのか。知り合いみたいだったけど」

 「安室さんですか?彼はただのバイト先の人です」

 「バイト先?」

 「はい。ポアロという喫茶店で一緒に働いているので」

 「ポアロって、よりにもよってあのポアロかよ!?」


 黒羽さんはうげえと顔をしかめました。
 まあ彼からしてみれば天敵の住む建物に入っている店ですからね。


 「仲良さそうだったけど、付き合ってはいねえのか?」


 ぼそりと抱きついていたし、と言われた言葉を私は無視しました。
 確かに気が動転して腕に抱きついたような記憶があるような気もしますが。そんなこと忘れました。
 次アレが現れても絶対に同じ失態は犯しません。


 「だだの親切な職場の人です。私も向こうもそういうつもりなんてありませんよ」

 「そうか?向こうはそうでもなさそうだったけど」


 ……あれは演技ですから。
 そう言えたらどんなに楽でしょうか。




 それからしばらく黒羽さんと話をして、今日は遅くならないうちに帰って行きました。
 帰りに昨日作った角煮を持たせましたら喜んで下さいましたが。

 よく考えましたらそのお礼にと彼はまたここに来るのでしょうか。今日もお礼のために表向きは来たわけですから。

 まあ、構いませんか。

 あまり事件に巻き込まれることは避けたいですが。
 来られてしまうとなんとなく黒羽さんのことは放っておけない気がします。


 私に兄弟はいませんが、弟がいたらこんな感じなのでしょうか。

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