Ministry of Magic6
運よくヴォルデモートはまだ居らずエントランスホールには誰もいませんでした。スチュワートもいませんでしたが。
私は急いで魔法省に来た通りの道を使い魔法省の外へと出ました。
魔法省から外へ出ると、そこは曇っているため星一つない空の下の簡素な住宅街でした。
「テール!」
「はい、ここにおりますお嬢様」
私がテールを呼ぶとすぐにテールは礼儀正しく返事をして現れました。きちんと待っていて下さったようです。
「スチュワートはどちらに行きましたか」
「はい、あちらでございます」
テールは道の先を指差して言いました。
良かったです。スチュワートはちゃんと外に出ていたようです。
テールは私を小さなマグルの公園に案内して下さいました。
私は少し時間をかけてゆっくりと行くと、スチュワートは申し訳ない程度の電灯が灯る公園の暗緑色のベンチに座っていました。
今はもうポリジュース薬の効果は切れていてお互いに元に戻っています。
スチュワートの変身した人は眼鏡をかけていなかったので今スチュワートはいつもの分厚い眼鏡をしていません。
とはいえ彼はベンチに座り両手に顔を埋めているので顔は見えませんが。
スチュワートの様子を見て、申し訳なく思います。
私はスチュワートの前に静かに立ちました。
するとスチュワートは顔を上げます。
泣いているのかとも思いましたが、そこに涙はありませんでした。
ただいつもは隠れている綺麗な暗色の瞳が私を移します。
「すまない、勝手にここまで来てしまって」
「いいえ。貴方が無事で良かったです」
勝手に行動したことを心配したので責めたくもありましたが、私は何よりも思っていることを言いました。
良かったです。
彼がヴォルデモートに殺されてなどいたら、想像するだけで怖いですから。
先ほどもセドリックが殺されそうなところを見た時さえ、私は怖く感じました。
知っている人が死んでしまうことは怖いです。
「隣、よろしいですか」
「ああ」
私はスチュワートの返事を聞き隣へ腰を降ろしました。
本当でしたらすぐにでもホグワーツへ帰りたいですが、私もいろいろなことがありましたから少し休みたいです。
私たちは静かに一緒に座っていました。
結局、シリウスは死んでしまったようです。
スチュワートの守護霊で助かったかもしれないと一瞬思いベールへ誘い込まれるのを防ぎましたが、シリウスの顔色やハリー・ポッターの様子を見るにそうなのでしょう。
スチュワートの守護霊も不完全でしたし。
スチュワートは私たちが五年生の時に守護霊の呪文を完成させていました。
はじめて見せていただいたときは驚きました。私はその年の登校時にホグワーツ急行の中で一度しか自分の電気鼠の守護霊を見せたことはありませんでしたが、その一度だけで私の前の世界のキャラクターというこの世界にはいない物の守護霊を作るなんてと。
しかし守護霊の呪文は高度な魔法です。
スチュワートの守護霊はその時も少し不安定でした。スチュワート自身もそれを認めていましたが「一番幸せな時を思い出したんだけどな。俺には難しいらしい」と言っていました。
守護霊は高度な技術なだけではなく幸せを知らなくてはなりません。ずっと恵まれている人や幸せになったことのない人は特に難しい魔法です。
ですので上手く使えるようになるのは難しい魔法です。
今回も急いで守護霊の呪文を使い失敗してしまったのでしょう。
わざわざ苦手な魔法をなぜ選ぶのかと思われるかもしれませんが、強力な死の呪文から身を守る魔法は限られています。
離れた場所にいる人を守るには守護霊の呪文は正しい判断だったでしょう。
彼の判断は間違ってはいません。
間違っていたのは私です。
結局私は行動しないことで彼を苦しめてしまいました。
ここまで彼が傷つくとはまったく、予想をしていませんでした。
私自身、人の死を間近に見て、死の重さを強く感じました。
けれど私はどうすれば良かったのでしょうか。
「ミリア」
「はい、何でしょうか」
しばらくしてスチュワートが話しかけてきました。
私はそれに隣のスチュワートを見ますがスチュワートは前を見つめているため辺りも暗く表情が分かりにくいです。
「君の手を取ってももいいか」
「……はい?構いませんが」
「ありがとう」
突然のことに困惑しましたが、さすがに断る雰囲気ではありませんでしたのでそう答えますと、スチュワートは礼を言ってベンチの上にあった私の手を取ります。
その手は温かく優しいものでした。
私にはスチュワートが何を思っているか分かりません。
彼から話さないのであれば聞くつもりもありませんが。
「今日は本当にすまない。君からあの人が現れると聞いていたのに俺は部屋を飛び出して。考えなし過ぎた」
「そうですね。ですが先ほど言ったように貴方が無事でしたからもういいです」
「……俺は、君が俺を追いかけてくるとは思っていなかった」
スチュワートは言いにくそうに言います。
「だから君がここに来て、俺は。俺の勝手な行動で君が命を落としていたかもしれないと知って、俺も、君が無事で良かったと思っている」
やはり前を向いたまま言葉を途切れ途切れに、けれど一つ一つを真剣にスチュワートは話します。
「貴方を追いかけるのは当たり前です。貴方は私の級友であり友人ですもの。違いますか」
もしも私の勘違いでしたら恥ずかしいですが。
私はお互いに確認したことはありませんが友人だと思っていました。
友人が危険なのに放っておけるわけがありません。
「違わ、ない」
勘違いかとの不安は杞憂だったようでスチュワートはやっと泣きそうな様子の顔をこちらへ向けますとそう言い、ベンチに座ったまま私をふわりと抱きしめました。
思わぬことに驚きましたがスチュワートの肩が震えていたので私はされるがままに抵抗はしないでおきました。
「失うのはいやだ」と言う彼の言葉が小さく聞こえ、私は罪悪感と共に目を瞑りました。
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