あれは、夏休みの事だった。仙蔵は高校受験真っ只中で、進路について親と壮絶な喧嘩をしていたらしい。
仙蔵が刃向かうなど考えもつかなかったおじさんとおばさんは毎日のように進学校を進め、仙蔵はそれをはねのけていた。
中学で初めてできた、心を許し合える5人の友達が出来たから。
その友達と離れないために、何としてでも市内の高校を受験したかったらしい。
これまで親の言った事は全て言う通りにしてきた仙蔵の反抗だったがそれは許してくれなかった。
親に何か言われる度に、仙蔵はあたしの部屋へと訪れた。
あたしに愚痴をこぼすでもなく、泣きつくこともなく、ただあたしの傍にいた。
その夏、一番暑い日。
2人で部屋に居たら、何の前触れもなく仙蔵があたしにキスをしてきた。
キスをされて抱きしめられてベッドに押し倒されて、あたしは初めて味わう痛みも快楽も、仙蔵にされること全てを拒まずに受け入れた。
それは壊れそうな仙蔵に対しての同情と、気付かない内にあたしの心にあった恋慕がそうさせたんだと思う。
行為の最中にもかかわらず、仙蔵の仕草も汗も何もかもを美しいと感じたのは今でも覚えている。
抱かれた次の日、仙蔵の親がやっと進学校行きを諦めたらしい。
それから、仙蔵は何かを溜め込んで限界になる度にあたしを抱くようになった。
仙蔵は行為の際に、お前は私の玩具なのだ。と、自分に言い聞かせるように呟く。
あたしもあたしで玩具と言われる事も、仙蔵を拒む事も出来ずにされるがままになっていた。
それは、仙蔵に彼女ができても、あたしに彼氏ができても続くという何とも奇特なものだった。
それを、今ここであたしは終わらせようと思う。
「もう、仙蔵の玩具でいる事はやめるね。もう充分でしょう?」
知っているんだ。あたしを抱く度に、仙蔵の心が少しずつ傷ついているのを。心が限界になって、あたしを抱いてまた傷ついて、限界になって。それはどこかで断ち切らなければ連鎖のように続いていく。
「そうか、」
仙蔵がぽつりと呟く。表情は変わらない。
「仙蔵には、文次先輩も長次先輩もこへ先輩も留先輩も伊作先輩もついてるから。」
仙蔵は、まるで精細な人形のように動かない。
指先だけはずっとあたしの首もとをなぞっていた。
あたしはその手を取り、そっと仙蔵の膝に戻す。
「終わりに、しよう。」
仙蔵は今までで一番綺麗で、悲しそうな表情をしていた。
「…あぁ、そうしようか。」
初めて抱かれた日から、少しずつ削れていった恋慕の残りカスが、今消えていった。
仙蔵は立ち上がり、ドアへと移動する。
「じゃあね、仙ちゃん。」
あの日以来、呼んでいなかった呼び名。
「じゃあな、…★。」
あの日以来呼ばれなかった名前。
そして、ドアは閉められた。
あたしは、無性に鉢屋が恋しくて仕方がなかった。