「もしもし、仙蔵?今帰った。」
自宅のドアの前で鍵を探す。
「そうか、じゃあ玄関の鍵を開けてやるから少し待て。」
は?と思ったのとドアが開くのはほぼ同時だった。
仙蔵が携帯片手に綺麗な顔で玄関に立っていた。
「なんでいんのさ。」
「お前の母君に、今日は家庭教師に来たと言う旨を伝えたら上がっておけと言われたのだ。そのまま母君は出て行かれたがな。」
何故アカの他人を家に上げるかなぁ、母君よ。
「まぁいいや、じゃあ部屋行こうよ。」
仙蔵は、あたしが小学校に上がってすぐに隣に越してきた。
女みたいに整った容姿で、初日にからかわれていたが、気品溢れる唯我独尊な態度と意外な腕力で、町内のガキ大将をものの数秒で手下に成り下がらせた。
その頃怖いものなしだったあたしは、ガキ大将を倒した場面に遭遇したにも関わらず友達になろうと握手を求めた。
幼い仙蔵の反応は意外にも普通で、すんなりとあたしと握手をしてくれたのを覚えている。
「今日は何か課題が出たか?」
英語の教科書とノートを開く。明日当たる予定と所を指差す。
最初は自分なりに訳してみる。そのあと答え合わせをして仙蔵が説明する。
まぁ、あたしの学校の授業を全て仙蔵が受け持っている感じだ。
複雑な英文があたしの考えを手こずらせる。
仙蔵は黙ってそれを見つめているのだけど、今日は違った。
突然、あたしの首筋に指を這わせてきた。
「これはどうした?」
これ、とは何のことか。先程までの行為を思い出せば簡単にわかった。それはきっと鉢屋が付けたキスマークの事なんだと。
「あー、わかる?隠さなきゃなー。」
仙蔵が指先でなぞる部分にあたしも触れてみる。
「無理矢理やられたか?」
仙蔵は指先を離さずに目を細めてキスマークを見つめる。
相手は誰か、もうわかっているのだろう。
「ん、いや…まぁ、同意の上かね。」
鉢屋、辛そうだったな。悪い事をしてしまった、などと今更ながら思う。
「竹谷はもういいのか。」
竹谷、という単語にあたしの心はチクリと痛む。
「諦めるために鉢屋を誘ったんだよ。鉢屋は全然悪くない。」
そう、諦めることをしなかったあたしがすべての元凶なんだ。
「あたし、鉢屋と付き合うから。」
仙蔵の目を見つめる。
あたしよりも白くきめ細やかな肌に、艶やかな髪の毛、全てを見透かすような真っ黒な瞳。
「だから、仙蔵の玩具は卒業しようと思う。」
仙蔵の眉が、少しだけ動いた。