タイムリミットに目を伏せる
携帯を開けばまだ朝の5時だった。
広いベッドにはあたし1人しかいない。
そのまま枕へと顔をうずめてみると、微かに鉢屋の香水の匂いがした。
当の鉢屋はシャワーを浴びて、香水も煙草の匂いも体液も洗い流しているだろう。
少し肌寒さを感じ、自分が服を着ていないことを思い出す。起き上がって服を着るという行為が煩わしく、足元に追いやられていた布団を引っ張って頭から被った。
ガチャリとドアの開く音が聞こえる。
「★先輩…起きました?」
バスローブに身を包んだ鉢屋がベッドへと座る。
「…おはよ。」
鉢屋はベッドの端に腰掛け、サイドテーブルに置いてあった煙草に手を伸ばす。
「そういや、夜中に先輩の携帯鳴ってましたよ。」
カシャン、とジッポの蓋を開ける音。そして私の携帯を渡してくれた。携帯を開くと画面の明かりに思わず目を細める。
「…あー、七松からだ。めっちゃ着信あるんだけど。」
着信履歴は、ほぼ暴君の名前で埋まっていた。煙草に火を着け終えた鉢屋も画面を覗きこむ。
「うわ、てかこの前七松先輩に会ったんですけど、あの人シェパードかなんかですか?」
質問の意味がわからず、鉢屋に顔を向けた。
「この前★先輩とホテル行った次の日に、同じ匂いがするっつって。お前らそうゆう関係だったの?って。」
七松の人間離れした嗅覚には恐れ入る。
「んで、鉢屋は何て答えたわけ?」
鉢屋のニヤリと歪んだ顔は絶対よくない答えを返したんだろう。
「まぁ、イヤンアハンな関係ですって答えときましたよ。」
やっぱり。予想通りの答えに若干の目眩を覚えた。
「そしたら七松先輩、俺もまぜろって。」
「ふざけんな。あたしを殺す気?」
「新しい世界が見えるかもしれませんよ?」
「変態と暴君なんて相手にしたら新しい世界どころか冥界まで逝くわ。」
俺変態じゃないしー、と吐き出す鉢屋の背中に蹴りを入れた。
いつのまにか煙草を吸い終えた鉢屋がベッドへと潜ってくる。あたしは被っていた布団を上げて鉢屋を迎えいれた。
私の顔に鉢屋のふわふわした髪の毛があたる。鉢屋の頭を私の胸へ、ぐっと抱き寄せる。幸福とは裏腹に、感じたのは後ろめたさ。
いつまで続けようか、この関係を。喉まで出かかる言葉はいつものように何処かへ隠れてしまう。気づかない振りを、傷つかないために。
ゆっくりと始まる口付けと愛撫。あたしの躰は喜んでそれを受け止める。チェックアウトはAM10:00。それまでは鉢屋の隣に居させて。
あんたをつなぎ止める術など知らないから、せめて都合のいい女を演じていたいの。