君が喜んでくれるなら
何やらクラス、いや学校全体が色めき立っているのに気付く。
4限目中、空腹に耐えきれずこっそりとチョコを一粒食べてから、やっと来週がバレンタインだと言う事に気付いた。
特に好きな人とかもいないけど、友チョコだのなんだのきっと渡されるだろう。お菓子を作るのは嫌いじゃない。嫌いじゃないが、多数の人間に作って渡すのが面倒くさい。
ま、作って行かずに貰った女友達にホワイトデーで返せばいっか、自己完結して購買ダッシュの為、寝る事にした。
チャイムと同時に、ダッシュしたのが効を奏して一番人気のパンともろもろをゲットできた。
人混みを掻き分け出てきたたところで鉢屋と不破くん、隣のクラスの尾浜くんと久々知が壁に寄りかかって並んでいるのが視界に入ってきたので声をかける。
「あんたら購買並ばなくていいの?」
そう問いかけた所で私の後ろから大量の戦利品を抱えた竹谷が人混みから現れた。
「ハチがジャンケンで負けてみんなの分のパンを買ってきてもらったんだよ。つか、何でお前が限定のコロッケパンゲットしてんだよ。」
鉢屋が私の戦利品を恨めしそうに見つめていた。私はこれ見よがしに鉢屋の目の前にパンをちらつかせる。
「この為に、さっきの授業潰して寝たからね。初めて七松先輩とタメ線張れたわ。」
そう言ったらと尾浜くんと不破くんに苦笑いされてしまった。
「あ、☆。丁度良かった。委員会の事でちょっと話あるから昼飯食べながら聞いてくれないか?」
久々知の言葉に私の顔が歪む。めんどくさいと思いながらも、一応副委員長という肩書きもあるので仕方なく久々知について行く事にした。
「…という訳で、今度のボランティアの公園清掃は奇数クラスを☆に任せるからサボるなよ。」
特別教室の広めのベランダで輪になりながら、久々知の隣でボランティア清掃の概要の説明を受ける。
大まかな事項だけ頭に入れつつ話半分で聞きながら他の奴等に目を向けていると、やたら挙動不審な竹谷が私をちらちら見ていた。
「竹谷、何?さっきからちらちらと。パンツならちゃんと履いてるけど?」
すかさず、ちげぇよ!と突っ込まれながら竹谷が口を開いた。
「な…なぁ、☆。俺甘いもん好きなんだよ。」
「悪いけどこのクリームパンはあげないよ。」
さっとクリームパンを懐に隠す。購買のクリームパンは私のとっておきのデザートだ。
「じゃなくて!ほら!2月だろ?なんかイベント的なもんある事ね?」
回りくどい竹谷の言葉にさっき私が思い出したバレンタインだと予想がつく。
「あぁ…。竹谷、ほしいの?」
「頼む!三郎と賭けてんだって。」
「それ絶対勝ち目無いと思う。鉢屋って先輩からめちゃ人気高いのに。」
鉢屋がそれを聞いてどや顔で竹谷を見下していた。
「ハチだけじゃ勝ち目ないからって俺とハチのチョコを足して競うんだって。」
尾浜くんはにこにこしながら、事の成り行きを楽しんでいるようにみえる。
「つかハチ、頼む相手間違ってるんじゃねぇの?」
ニヤニヤしながら、鉢屋が竹谷を眺めている。それはそうだ。
「鉢屋正解。竹谷、私めんどくさいからバレンタイン作らないよ。」
残念だったねー、と残念がっていない尾浜くんが竹谷を慰める。
「大体、☆がお菓子作るなんて考えられないだろ。」
豆腐をもさもさ食いながら久々知がぼそりと呟いたので躊躇いなく脇腹に肘鉄を食らわせた。
「でも、前に調理実習で☆さんが作ってたチョコのマフィン。あれ、すごくおいしかったからもう一度食べてみたかったな…。」
不破くんの言葉にみんなが目を丸くして私を凝視し、私は私で不破くんを穴が開きそうなほど見つめる。だいぶ前に私があげたマフィンを美味しいと覚えていてくれたことに凄く感動した。
「☆…」
「おま、」
「料理出来たのかよ。」
「すごい意外だねー。」
最後の尾浜くんの一言が、一番ヒドい気がするのは気のせいだろうか。それはともかく、不破くんの呟いた言葉に、私の中の何かが沸々と燃え上がってくるのを感じた。
私は不破くんの両手を取り、不破くんに迫る。
「不破くん、私作るよ。不破くんの為に頑張る!」
不破くんは私の突然の行動に驚いたようだけれどすぐに優しい笑みを私に向けてくれた。
「うん、楽しみにしてるね。」
不破くん以外のやつらが唖然としているのを尻目に、不破くんの喜んでくれる顔を想像しつつ、買い物リストを作りに私はさっさと教室へ戻った。
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「…なぁ。」
「どうしたの?ハチ。」
「俺らの分って…あると思う?」
「たぶん、ないんじゃない?」