求めていたのは
アパートの簡素な門をくぐってチャイムを鳴らせば、トテトテと足音が近づいてきた。
「どうしたの?こんな遅くに。」
「やほ、勘ちゃん。やけ酒、付き合って。」
ビニール袋を勘ちゃんの目の前で掲げれば、へにゃりとした笑顔でビニール袋を持ってくれた。
冷え切ったキッチンを横切ってコタツに入り込む。勘ちゃんがコタツ机に置いたビニール袋から酎ハイを取り出して並べる。
コップとおつまみを持ってきた勘ちゃんが私の隣に来てコタツに足を潜らせ、私の分と勘ちゃんの分のお酒をコップに注いでくれた。私はそれを一気に煽る。炭酸が喉にジュワリと沁みた。
「こら、そんな一気したらダメだよ。」
眉をハの字にして勘ちゃんが笑う。そして、私の頭を撫でながら今日はどうしたの?と優しい声で聞いてきた。
「今日、あいつと別れた。」
空のコップに注がれる酎ハイを見つめながら呟く。テレビの消してある部屋で、泣きそうな私の声はよく響いた。
「…そっかぁ。」
ぽんぽんと、規則的に撫でられる。
いつもそうだ、高校の時からいつも。私に好きな人が出来れば全力で応援してくれて、別れたり振られる度に勘ちゃんは傍にいてくれて、泣いている私の頭を優しく優しく撫でてくれる。
溢れそうな涙を、瞼を閉じて押し込める。別れたのが悲しい訳じゃない。ただ、勘ちゃんの手が優しすぎて涙腺が緩んでしまうんだ。
私がどんな男と付き合っても、最後に求めるのは勘ちゃんの、その優しい手だった。
「何で、勘ちゃんはこんなに優しいんだろうね。」
何気なく呟いたつもりの言葉に、頭を撫でていた勘ちゃんの手が止まった。
「…何でだと、思う?」
意味深な微笑みを向けられて心臓が跳ねる。いつもとは全く違う表情の勘ちゃんから、私は目を逸らせずにいた。
「俺ね、普段は女の子を家に上げたり、ましてや悩み相談なんて面倒くさい事なんてしないんだ。でも、何で★だけはこうやって家に上げて愚痴聞いて慰めてるんだと思う?」
勘ちゃんの言っている事を、脳内で何度も反芻してみる。
勘ちゃんの言わんとしている事に気付いて、慌てて目を逸らそうとしたが、両手で顔をがっちりと掴まれた。
「だーめ。ここまで言えばわかるでしょ?俺の気持ち。」
あとは★から答えを聞くだけなんだけどな、と最上級の笑顔を私に向ける。その顔は反則だよ、勘ちゃん。
私は恐る恐る、顔を掴んでいる勘ちゃんの手に自分の手を添えた。
私が欲しがっていた、大好きなその優しい手を。