負けだなんて認めない
俺が先輩を知って4年。好きになって2年が経った。
先輩の就職先を知って、初めて自分の将来を考えた。とにかく★先輩のそばに居たい。先輩のいる会社に入りたいと思い、ストーカーみたいだと思ったが、なりふり構ってなんていられずに必死に就活に力を入れた。俺が今まで生きてきた中で一番頑張ったと思う。
前髪のメッシュも黒くしたら左門たちに大爆笑されたが、唯一俺の気持ちを知っている藤内と、人の気持ちに敏感な孫だけは笑わなかった。
しかしながら、★先輩の会社からきたのは不採用の通知。めちゃくちゃ落ち込んだ俺は、みんなを巻き込んで初めて吐くまで飲んだ。
カラオケのトイレで便器と顔合わせしている俺の背中を藤内がさする。
「三之助って本当にばかだな。」
吐いていてそれどころじゃない俺は、 藤内の言葉に反撃することが出来なかった。
「そんなお前に朗報。☆先輩の会社の下請けの工場があるんだって。そこ、まだ募集に載ってたから受けてみれば?」
その言葉に、急に吐き気が止まる。
「なんで、お前が知ってんの?」
藤内がトイレットペーパーを千切って、口を拭けと差し出してきた。
「僕の姉さん、☆先輩と同じ系列の会社らしくて教えてもらった。だから、諦めるのはまだ早いと思うよ。」
藤内に抱きしめていいか聞いたら丁寧に断られた。
そして、何とか希望の就職先に決まった俺は久しぶりに何時も通りのメッシュに戻った。
先輩に久しぶりにメールをすると、食事に誘われた。
「次屋、久しぶり。就職おめでとう。うちの下請けだなんて凄い偶然だね。私よく次屋の工場に行くから楽しみが出来たよ。」
偶然だと思っている先輩は、今日は奢るからしっかり食べて力をつけろ、と片っ端から注文をしている。
先輩が社会人になってから会うのは初めてだったが、大学の頃と印象が変わった。それはメイクのせいだと思ったが、どうも違う。
嫌な予感がした。
以前、藤内が女は男の為に変わるのだと言っていたのを思い出した。
「先輩、職場で彼氏とか出来ました?」
メニューから目を外し、先輩はぽかんと俺を見た。
「へ?いや、ないないそんなの。周り妻子持ちのおじさんばっかりだもん。」
嫌な予感は外れたようで心の中で安堵する。しかし、一瞬浮かんだのが大学在籍中、何時も★先輩の隣にいた人物。その顔は、頭にこびり付いたかのように離れなかった。先輩は俺が職場恋愛をしたいと履き違え、事務の子はかわいいだのとずれた会話を繰り広げている。どんどん、俺の心の内は焦りと絶望に蝕まれる。
「次屋ならモテるからすぐ彼女出来るでしょ、大学でもすごかったのに全然付き合わなかったよね。好きな子でも居たの?」
はい、先輩ですだなんて言えずに俺は言葉を濁す。考えたくはないが聞かずには居られなかった。
「先輩は、好きな人居ないんすか?」
名前は出さず、単刀直入に聞く。ちらりと先輩を見ると、先輩は笑っていた。その笑顔に俺は固まる。いつもの笑顔とは違う、女の顔だった。
「好きな人はね、いないの。」
誰かなんてわからないが、俺の直感が頭に浮かんだ人物だと断定した。2人の間に何があったかなんて分からない。分からないが、ただ1つだけ答えは導いた。
先輩はまだ鉢屋三郎が好きなのだ、と。
「そんなことより、今日は次屋のお祝いなんだからたくさん食べて!」
いつも通りの笑顔を作り、先輩は店員を呼び止めてオーダーをしている。
距離を縮めたと思ったのに、また離れた気がした。絶望にのまれそうになり、酒を呷って頼んだ料理を片っ端から平らげる。そんな俺を見て、俺の気持ちを知らない先輩は良い食べっぷりだと笑っていた。
何年経ったって構わない。先輩の中にいるあの人を、綺麗に消してやろう。
負けだなんて認めるものか。