できる事なら傍にいて。



ゆるゆると私の髪を撫でる陶器で出来たような手は、飽きることを知らないかのようにその行為を繰り返していた。真っ白なシーツのベッドにうつ伏せたまま、髪を撫でている男へと目を向ける。


「仙蔵、寝ちゃう。」

あとちょっとで迎えがくるのに、寝てしまったら起きれない。

「眠いのならば寝ればいい。」

そう言ってまた仙蔵は私の髪を撫でる。髪を撫でられると眠ってしまうのを知っていてやっているんだろう。


「だめ、今から出掛けるんだから。」


仙蔵を見やる。口元は辛うじて口角を上げているが、瞳は痛いほどに鋭く私を見つめていた。


「また、男か?」


まあね、と私が笑う。仙蔵は気に入らないとでも言うように眉根を寄せた。


「仙蔵も、こもって私といないで女の子と遊べば?」


髪を撫でていた手が、慈しむかのように私の頬へ触れた。


「お前以外の女など興味無い。」


これが、もし他の女の子であれば間違いなく他の男の所へなんて行かず、仙蔵を選ぶだろう。でも、私は仙蔵を選べない。

「すごい殺し文句。他の女の子に言ったらイチコロだね。」

頬に触れている手をやんわりと剥がす。丁度良く私の携帯が震えた。

「迎え、来たみたい。」

私は起き上がり、テーブルに置いてある鏡で軽く髪を整える。


「帰るなら、鍵はポストに入れといてね。ご飯食べたかったら冷蔵庫のカレー食べていいから。」

鞄を肩に掛けて歩き出した瞬間、手首を掴まれた。


「何故、お前は私を選ばない?」


真っ直ぐに見つめる瞳。整った美しい顔。品行方正で首席の完璧な男。


「選ばないんじゃない、選べないんだよ。」


その完璧さが、私の選べない理由である事を彼は気付いていない。また携帯が震える。


「もう行くから、手を離して。」


ゆっくりと手は離れ、仙蔵が悲しみを浮かべて笑う。


「私を狂わせるのはお前だけだよ。」


完璧な仙蔵の横に、こんな私が彼女という形で隣にいてはいけないと思う。薄っぺらな私という女と一緒に居たって、仙蔵にはなんの得にもならない。


仙蔵と一緒に居たいと思うから、私は友人としての立場を選んだのだ。


「じゃあ、行ってくるね。鍵だけよろしく。」


ドアを締め、アパートの門に止めてある車に乗り込む。好きじゃないから、この男と恋人ごっこぐらい演じられる。笑ってばいばいと言える。


でも相手が仙蔵ならば、きっと私は惨めったらしく泣いてしまうだろう。

愛してくれるなら友人という形でいいから、傍にいてほしい。



貴方が私を愛してくれている以上に、私は貴方を愛してしまっているから。


愛してしまったあなたを、私は失いたくないんだ。


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