勘違いも甚だしい





「なぁ兵助、あの女の子って何ていう名前?」


俺が教科書を借りようと雷蔵と三郎と一緒に兵助のクラスに行くと、急に三郎が声を潜めてこっそりと女の子を指を指す。その方向に目を向けると、本人とばっちり目が合ってしまい慌てて視線を逸らした。


「あぁ、☆★さんだけど。」


「どうかしたの?」


雷蔵が不思議そうに三郎を見る。三郎は良からぬ笑みを浮かべ、言葉を濁した。

3人で不思議そうに三郎を見るが、昼休みに教えてやると言ったきり何も言わなかった。






「なぁ、あの★って子ハチに絶対気があるぞ。」


昼休み、三郎の突拍子のない発言に飲んでいたコーラを吹き出した。

「っげほ、いきなり何だよ!決めつけて、☆さんに失礼だろ!」


三郎は俺様の勘だ、などとニヤリと笑っていた。そんな事を言われたら意識しない訳がなくて、気がつけば俺は☆さんの事を目で追うようになっていた。


普通の、どこにでもいそうな感じの女の子。持ち物は動物のキャラを結構持っていて生き物は好きな方だと思う。笑うと犬みたいで何かわしゃわしゃとしたくなる。全く喋った事なんてないのに、三郎の言葉に確証なんてないのに、目が合うとどうしようもなく心臓が暴れる。そんな日々が続き、俺の心は確実に☆さんの事でいっぱいいっぱいになっていた。そして、見てきたからわかる。最近☆さんの元気が無い事が。




そしてある日、とんでもない所に遭遇してしまった。


三郎にじゃんけんで負け、自販機までジュースを買いに行った時、☆さんと同じ学年の男子が2人で向かいあって立っていた。男は顔を赤らめて俯きがちに☆さんを見つめている。☆さんはただ自分の足元をじっと見つめていた。


「この前の返事、聞かせてくれないかな?」


男はぼそりと呟いたが静かな中庭では俺の所までその声は届いた。真剣な場面で俺なんかが聞いちゃいけない、早くジュースを買いに立ち去らなければと思うのに、☆さんの答えが聞きたくて足が動かない。すると、☆さんがすっと息を吸った。


「ごめんなさい、好きな子がいるの。その子の事で今は頭がいっぱいだから、気持ちに答える事は出来ないです。」


男は、わかった。と一言残してその場を後にした。好きな子、か。ぼんやり☆さんの言葉を反芻していると、さっきの場所から嗚咽が聞こえる。視線を移すと、その場でうずくまって泣いている☆さんがいた。俺の体は無意識のうちに☆さんの元へと走り出していた。


「…☆、さん?」


うずくまっていた☆さんの肩がびくりと動く。☆さんがゆっくりと顔をあげると、両目からぽろぽろと涙を溢れさせていた。


「ごめんな、話しかけちゃって。でも、どうしても見過ごせなくて。」


なんで俺のポケットには兵助のようにハンカチを常備していないんだと後悔する。話しかけたはいいものの屈んだ俺はしどろもどろしてしまった。すると、ぐっと眉根を寄せた☆さんが俺の首にぐっと抱きついてきた。予想外な☆さんの行動に、俺の心臓が飛び跳ねる。まっ、まってくれ。こ、心の準備が…!ゴクリと唾を飲み込んで、☆さんの背中に手を回そうと試みる。やばい、手汗やばい、めちゃくちゃ手が震えてる。☆さんの背中まで2、3センチの所で俺の手は動きを止めてしまった。


「はっちゃん…。」

耳元にそっと呟かれる俺の名前。いや、はっちゃんだなんて、名字も呼ばれた事もないのに。いきなり愛称で呼ばれるなんてすごく恥ずかしい。

首元に顔を擦り寄せられる。意を決して抱きしめかえそうと思った俺はまたその手を止める事となった。


「このぼさぼさの毛、おっきな体…。やっぱりはっちゃんだ。」


やっぱり?どこかでお会いしたこと、ありましたっけ?


「あ、あのー。☆、さん?それは一体どういう事でしょうか…」


え?と言う言葉に、ばっと☆さんの体が離れた。


「た、竹谷君!…ごめん!あまりにもうちの犬に似てたものだからつい…。」


つまりはこういう事だ。☆さんはハチというわんちゃんを飼っていた。そのわんちゃんが最近死んでしまった。告白を断ったのも俺の事ではなく、死んでしまったハチちゃんの事で胸がいっぱいだったから、だそうだ。



「いやー。でもハチに気があった事には変わりないから俺は悪くないだろ?」


帰り道、事の成り行きを三郎たちに説明する。三郎の勘違いのせいで俺は☆さんの事を好きになってしまったんだ。


「ふざけんな!お前がそう言ったから俺は変に意識して…!」


「あららー。はっちゃんったら★ちゃんの事好きになっちゃったんだー。」

三郎に茶化され恥ずかしさで顔に熱が集中する。雷蔵が三郎を叱り、兵助は宥めるように俺の背中をぽんぽんと叩く。


「まぁ、でもこれで終わりじゃないかもな。」


兵助の言葉の意味が分からずどういう事を聞こうと振り返る。

兵助は後ろを指差していた。指先を辿ると、顔を赤らめながらも俺を真っ直ぐ見据えている☆さんと目が合った。


どうやら、俺の恋はまだ終わっちゃいないようだ。


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