後悔など、望んではいなかった。
気づけば鉢屋の部屋のベッドに組み伏せられていた。睨むあたしを余所に、鉢屋はニヤリと嫌な笑みを浮かべている。してやられた。手の掛かるあたしの後輩で、懐いてくれているものだと思っていたのに。飼い犬に咬まれるとはこういう事か、と心の中で舌打ちをした。
「鉢屋、知ってるよね?あたしに彼氏居る事。」
これが他の男だとしたら殴ってでも逃げ出すだろうけれど、私は鉢屋を見据える。冗談まじりに殴る事はあれど、流石に本気で鉢屋を殴るのは気が引ける。ここは穏便に話し合いで済ませたい。
「そんな事知ってますよ。かの有名な潮江先輩と付き合ってるのは全校生徒が知ってますから。でも、俺の誘いにノコノコついてくる先輩も先輩ですよね。」
先輩が見たがってたDVDを借りたから一緒に見ましょう、と鉢屋は誘ってきた。鉢屋の家に行くのは慣れていたから何も気にしていなかった。
「まさか先輩、俺の好意に気付いてなかった?」
組み敷かれたまま当たり前だと頷く。気付くもなにも、そんな素振りなんて一切見せなかったじゃないか。鉢屋の周りには大体女子がいて不自由は無いと思っていたし、その中の誰とも付き合ったりしなかったのは、その取り巻きに満足しているからだと自己完結をしていた。
「俺と仲が良いと思ってる女子なんて誰一人として俺の領域なんかに来させて無いんですよ。先輩を除いては、ね。」
何時あたしが鉢屋の領域に踏み込んだと言うのだ。そんなもの乗り越えた記憶なんてさらさらない。あたしは人の気持ちに鈍い訳ではない。きっと原因は鉢屋の存在が近すぎたのと、鉢屋が無意識に好意を隠すのが上手かったんだと思う。
「ねぇ、鉢屋。今このまま襲えばこの関係は簡単に壊れるよ。今ならまだ笑って許して最後まで映画もみれる。だから、離して。後悔するよ。」
急に、掴まれたままの手首がギリリと痛んだ。口角を上げていた筈の鉢屋の顔は今は眉を寄せて苦痛に歪んでいる。
「後悔ならもうとっくにしてますよ。潮江先輩が先輩に告白した時から。何時だって、俺は後悔してましたから。」
鉢屋があたしの首筋に顔を埋め、舌で鎖骨をなぞる。鉢屋の呼吸が、苦しみが直に伝わってきた。あたしは何も出来ず目を瞑って視界を遮断する。
賢い鉢屋だから、知っているんだろう。私が鉢屋と関係を持ってしまったら、私が潮江に後ろめたさを感じて別れると言うことを。
それと同時に知っているんだろう。あたしが鉢屋と関係をもっても、絶対に鉢屋を選ばないと言うことを。
鉢屋が後悔しているのなら、あたしは一体どこから後悔すればいいのだろう。思考は考えようとすればする程、鉢屋の愛撫に邪魔されてしまう。どうしようもないあたしは、鉢屋に身を委ねて考える事を放棄した。