底知れぬ闇に怯える




海へ行こう、と。


言ったのは私か鉢屋だったか。






無性に鉢屋に会いたくなった。

電話越しの鉢屋は、冗談混じりでこっちに来るか?と言った。


時計は10時半を指している。確かに鉢屋の住んでる場所までは余裕で着けるだろう。しかし、着いたら着いたで私の帰る終電が無くなってしまう。

私は無言のまま、さっき脱いだばかりのブーツを音を立てないように履いた。


扉は小さくガチャリと言ったが、家の人たちは気づかなかったみたいだ。

無人駅には文字通り人がおらず、私はこのまま電車も来ずに1人で待ち続けると言う不安に駆られた。

その不安を鼻で笑うように、電車はあっさりを私を飲み込んであっと言う間に目的の場所へと連れていってくれた。



改札口を出ると、黒のレザージャケットに身を包んで鼻を赤くさせた鉢屋が居た。



「本当に来やがった…。」

不機嫌そうな声音だったけれど、ご機嫌を取るのも面倒だと思って鉢屋の手を握った。すると思いのほか優しく握り返され、愛車が止まっている駐輪場まで引っ張られた。

メットと手袋を渡されて、バイクの後ろへと跨った時には、もう行き先は海へと決まっていた。


車もまばらな道路は、ごく稀にこの世界に2人しかいないように感じさせた。


鉢屋と私を乗せたバイクは、止まる事を知らないかのように走る。私は風圧に耐えながらも、エルレの曲を口ずさんでいた。


海の匂いがした。

「たぶん、あれが海。」

鉢屋の見つめる先を見たけれど、そこには濃紺の闇しか見当たらなかった。



高速道路の下にバイクを止めて堤防を超えると、月明かりに照らされた蒼白い砂浜と、寄せては返す闇のような海。空には一面に散らばった星と煌々と輝く月が私たちの目の前に現れた。


「すごっ…」

これには連れてきた鉢屋も驚きだったようで、私達の目の前に広がる情景に目を奪われていた。


鉢屋はメットを取ると、そのまま砂浜に放って波打ち際へと足を運んでいく。私もそれに倣い、同じように放って鉢屋の隣を歩いた。


ちらりと鉢屋の顔を盗み見ると彼は無表情で、暗い暗い海をじっと見つめていた。


私も海を見ようと目を向けてみるが、押し寄せる黒は全てを飲み込んでしまいそうで、怖くなった私は思わず鉢屋の袖を掴んだ。


「どうした?」


いつもとは違う、優しすぎる声。まるでいつもの鉢屋を、光も通さぬ海が連れていってしまったようで、私はどうしようもなく泣きたくなってしまった。



「…こわい。」



海が、鉢屋を連れて行ってしまいそうで。

鉢屋が、私を置いていってしまいそうで。

怖いんだ。


不意に、鉢屋の腕の中に閉じ込められた。私の腕はそっと鉢屋の背中に回った。


「大丈夫だから。俺が居るから、…泣くな。」


泣いてなんかいない。そう言い返したかったのに、口から零れるのは私の嗚咽だった。


抱きしめ合っている私達の距離はゼロなのに、鉢屋を遠く感じてしまうのは何故だろう。いつも一緒に居るのに、鉢屋の心が分からないのは何故なんだろう。


足下で寄せては返すこの闇のような海が、鉢屋の心を表しているようで、私は鉢屋に抱きしめられながら、闇に怯えて泣いていた。


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