口笛の止ませ方
この前まで暑かったはずなのに。
肌を撫でる寒さに身震いをして、最近クローゼットから出したセーターのポケットに手を突っ込む。学校の廊下はすでに薄暗く、窓の方に目線を向ければ夕焼けは既に無く、星が1つ2つと輝いていた。
別に明日の課題を忘れただけならばそのまま帰るけれど、携帯となると話は別だ。現代のコミュニケーションと情報の必需品を忘れるのは忍びない。さっさと取りに行ってこたつで暖まろう。と考えていると、どこかから音が聞こえる。それは教室に近づくにつれ、音はメロディーになり、メロディーは口笛だと分かった。
教室を覗くと、口笛の音源は容易く発見された。
「あ、☆…。」
パタリと口笛は止み、窓際に腰掛けている☆と目が合う。
「あ、鉢屋くん。携帯取りに来たの?」
俺の来た理由をずばり言い当てた☆に目を丸くすると、「鉢屋くんの机からブルブル聴こえてきてびっくりしたから。」とにこやかに答えた。
合点がいき、机を漁ればチカチカ光る携帯が出てくる。メールを確認しているとまた聴こえる口笛。携帯をポケットにしまい、☆の方へ足を運ぶ。
「☆、口笛上手いのな。」
口笛はまた止んで、☆は照れ笑いをしていた。
「口笛は得意なんだ。親にははしたないから止めろとか言われるんだけどね…。」
そっと、メロディーを奏でる唇を見つめた。
あぁ、なんかわかったかも。
「なぁ、誰か待ってるの?」
☆の唇から目を離さずに問い掛ける。
「うん、勘ちゃん待ってるんだ。」
「勘右衛門と付き合ってんの?」
「まさか!ただの幼なじみだって。」
「そっか。」
また唇から紡ぎ出されるメロディーに耳を奪われる。確認もした事だし、口笛を勘右衛門の前でされたら面倒だ。
「なぁ、男の前で口笛吹かない方がいいぞ。」
☆は口笛を吹いたまま、首を傾げて俺の方を見やる。
口笛はそこで止んだ。
何故って、俺が☆の唇を塞いだから。
俺の唇で。
塞いだ唇は潤っていて、わずかに☆の使っているリップの匂いがした。
「口笛吹いてる時の唇の形、すげーキスせがんでるみたいに見えるから。」
☆は顔を真っ赤にして、手の甲で唇を押さえている。
「だから、俺以外の前で口笛吹くなよ。」
そう言って教室を出て行く。寒かった俺の体は、いつの間にか顔にまで熱を帯びていて、らしくねぇな。と呟いた。