想いは夜に潜ませて
「さぶろーう、迎えきてくんなーい?んで、泊まらせてー。」
受話器越しに聞こえる、明らかに酔っている声に溜め息しか出なかった。
俺、言ったよな?
次泊まりにきたら襲うって。
「駅前の店だからよろしくー、じゃー。」
俺の意見を一切聞かず、★は電話を切りやがった。
また溜め息を一つ。
彼女に送るはずだったメールを後回しにして携帯を閉じ、置いてあったキーケースを掴んで家を出た。
酒で気分が良くなってるヤツらの騒ぎ声が耳障り。
さっさと★を連れて帰ろうと辺りを見回す。
「あ、さぶろー。」
甘ったるいような声が聞こえる方向へ首を向ければ、目の座っている★が手を振っている。
★の横には黒髪の、睫毛が印象的な男が寄り添っていた。
「★の、迎え?」
睫毛くんが★を立たせようとする。
「そーだよ。てか介護させちゃってごめんねー。」
覚束ない足取りで★が此方へと歩んでくる。
「じゃあねー、へーすけ。彼女さんによろしくー。」睫毛くんもとい、へーすけくんにひらひらと手を振っている★。
へーすけ君もじゃあな、と手を振る。
その瞳には動揺が見え隠れしていた。
左手で★のバッグを掴み、へーすけ君の動揺を煽るように右手で★の手を掴んで居酒屋から出ていった。
居酒屋を出れば、涼しげな風が体を撫でる。
反対に、★の手は熱いくらいに温かかった。
「★、これで満足だったか?」
まだ手は離さずに、車へと足を運ぶ。
「…何がよ。」
俺の言葉を分かっているくせに白を切る★。
「へーすけくんとやらにやきもちは妬かせれたか?」
ちらりとと斜め後ろを見れば、眉間に皺を寄せて涙を堪えている★のと目が合った。
★と向かい合わせになる様に体を向けて、掴んでいた手を引き寄せる。
とん、と控えめな衝撃が体に響けば★の体は俺の腕の中にすっぽりと収まった。
「…ごめん、」
「うん。」「ごめ、なさ…」
「いいって。」
「だっ、て…さぶろっ…」
ごめんと呟く★があまりにも痛々しすぎて、おれは唇で唇を塞ぐ。
居酒屋の扉が開く音が聞こえる。
★に気付かれないよう目を向けると、俺たちを見つけてしまったへーすけ君と目があった。
難しい顔をして俺たちを見つめた後、また居酒屋へと消えるへーすけ君。
俺はそっと唇を離す。
「泣き止んだか?ほら、行くぞ。」
軽く★の額にデコピンを食らわせて車に乗り込む。
★は額を抑えながら助手席へ座る。
「コンビニか薬局寄るぞ。」
キーを傾ければ心地よい振動が体を揺らす。
「いいけど、なんか買うの?」
「何?★ちゃんったら、避妊しないの?」
ニヤリと笑って★の方を見れば真っ赤な顔。
もちろん酒のせいなんかじゃないよな?
「だって三郎、彼女いいの?」
毎回泊まりに来ておいてよく言える台詞だな。
「合意の上なら問題ないっしょ。」
強姦ってのも燃えるけどね。
薄っぺらならゴムを求めて、俺たちは夜の静寂に身を潜めた。
ほんと、可哀想な女。
そんな可哀想な女に惚れた俺とへーすけ君もとっても可哀想なんだろーな。