薬指に予約を



疲れきった体を引きずりながら、私はのそのそとキャンパスの門を目指す。

やっとの事で全ての授業が終わった。あとは帰ってひたすら寝る。と、決意をしているとパーカーのポケットがブルブルと震えているのに気付く。携帯を開くと、画面には<鉢屋三郎>と表示されている。

最近バイトばかりで時間も合わず、すれ違い状態な私の彼氏だ。


通話ボタンを押して耳に当てると、激しい曲と共に三郎の声が聞こえた。

「よっ、★。学校終わったか?」


私はそのままだるい足を動かして門へと進む。


「やっと終わったよー。もう今日は寝る!寝倒す!」


睡眠への意気込みを三郎に強く語っていると、三郎がわざとらしく溜め息を吐いた。


「そうかー。非常に残念だな、★は寝るのかー。」


残念だ、と何回も繰り返す三郎を不審に思ってどうしたのかと聞いてみた。


「★。俺、今どこに居るか知ってるか?」


今日もバイトなんでしょ、と言ってたどり着いた門をくぐり抜けると、よく知った車を発見した。


え?まって?これって…


携帯を持って固まっていると、運転席から今現在進行形で通話中の三郎本人が出てきてニヤリと口端を歪めた。


「お疲れさん、早く乗れよ。」


助手席のドアを開けて、三郎が乗れと促す。呆然としていたけれど、我に返ってさっきまで引きずっていた足は三郎の下へと駆け出した。


「何で、いるの…?」


久しぶりに見た三郎は、ニヤニヤしたまま私の頭を撫でる。


「寂しがってメソメソしてる★チャンを迎えに来てやったんだよ。」

いつもだったら、メソメソなんかするかって、言えるはずなのに。


久しぶりに会う三郎の手を握りしめる。

「会い、たかったよ。…ものすごく。」


私の頭を撫でていた手が止まる。どうしたのかと上を見上げると、いつものニヤリ顔ではない、優しい笑みを浮かべた三郎と目があった。


「ほかってる訳じゃなかったんだけど、ごめんな。」

ポンポンとまた頭を撫でて、私は助手席に誘導された。三郎がドアを閉めて運転席に乗り込むと、後部座席から小さな袋を取り出して私の膝に乗せた。


「最近バイトずっと入ってたのは、★にこれ買うためだった…。」


袋を開けると、手のひらサイズの可愛らしい小箱ある。私はそれを、そっと取り出した。「開けてもいい?」

車を発進させている三郎が頷いたのを確認し、手のひらに乗せてそれを開ける。箱の中身に、私は声が出なかった。


繊細に輝やいて、小さなダイヤモンドの付いたシルバーリング。


「まだ、填めるなよ。」

手に取ろうとした私の右手は、三郎の手に絡まれてそのまま包まれた。


「それは、俺の役目。だろ?」


車が赤信号に引っかかって停止した。三郎は指輪を取り出し、私は右手を出す。


「★、手が違う。」

わたしが戸惑っていると、すらりとした長い手が私の左手を掴んだ。そして、繊細なものを扱うかのように、その指輪は私の薬指へと収まった。


「これ、予約な。」

三郎の左手を引かれ、薬指のリングにそっとキスを落とす。


何の予約か、なんて愚問すぎて聞けないから。私はそっと頷いて、三郎の肩へ頭を寄せる。


「明日は休みだろ?構ってやれなかった分、今から発散するから。覚悟しとけよ。」


「当たり前じゃん。とことん甘えるから覚悟しといてよ。」


信号が青に変わる。手を絡めたまま、車は走っていく。


さぁ、眠気も吹っ飛んだから。プチハネムーンと行こうじゃないか。





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心咲様へ捧げます。

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