真夜中のチークダンス
真夜中、眠れないあたしは携帯から鉢屋の名前を探す。出てきたアドレスの番号へ電話を掛けた。4コール目で、いつもの如くだるそうな鉢屋の声がした。
「もしもし、鉢屋?暇でしょ。どっか行こう。」
受話器の向こうからは、鉢屋の好きなバンドの曲が微かに聴こえる。どうやら今日は女の子と一緒じゃないみたいだ。
「先輩も暇っすねー。今から迎えに行きますからちょっと待ってて下さい。」
暇なあたしの誘いに乗る鉢屋も暇じゃないか、とは思ったがそれは言わずに待ってるとだけ言って電話を切った。
暫くすると、ワンコールだけの着信。ポケットに財布と煙草を詰め込んで家を出た。
家のすぐ傍にで待ち構える白のサーフ。助手席のドアにもたれ掛かっている鉢屋と目が合う。
「はい、どうぞ。」
助手席のドアを開け、執事のように畏まってお辞儀をする鉢屋。下がっている鉢屋の頭をポンポンと撫で、あたしは助手席へと収まる。
「んで、どこ行きたいんですか?」
運転席へと乗り込んだ鉢屋はナビをいじくりながらあたしに問い掛けた。
「どこでもいいよ。鉢屋がいるなら。」
鉢屋は手を止めてあたしの顔を凝視する。
「何すか。今日の先輩、気持ち悪い。」
まあ、いつもなら絶対にどこかへ連れてけだの言うけどさ。今日は何となく、行きたい所がないんだ。
「嘘、そんな事言う先輩めずらしくて可愛いっすよ。」
今度は鉢屋が私の頭を撫で、ナビを消して音楽を選ぶと車を発進させた。鉢屋もあたしも何も言わず、車には激しいギターソロが流れている。それをぼーっと聞き続けていたら、大きな公園の道沿いで車が止まった。
「たまにはこういう所もいいでしょ?」
サイドブレーキを引き、脇に置いた煙草を掴んで鉢屋が車から降り、私の方まで回って助手席を開けて手を差し伸べる。
私は鉢屋の手を取り、そのまま繋いで公園へと歩いていった。
「夜の公園って怖くない?」
あたしがそう零すと、鉢屋が苦笑いをする。
「潮江先輩と食満先輩のガチ喧嘩を一喝で止めれる人がよく言えたセリフですね。」
そう返され、鉢屋が握っていた手を絡めた。
「これなら怖くない?」
この笑顔と技で、何人の女を誑し込んだのか。あたしも苦笑して絡められた手に力を込めた。
あたしは空いた手でポケットから煙草を出して加える。すかさず鉢屋がジッポを取り出し、あたしの煙草に火をつける。あたしは一口吸って、火がついたのを確認すると、そのまま鉢屋の口に挟ませた。そしてまたもう一本取り出し、鉢屋に火をつけてもらう。
「あら、先輩やっさしーの。」
煙を揺らしながら、鉢屋が笑う。
「たまには優しくしてあげるのも悪くないでしょ?」
鉢屋の肩口に顔を埋める。鉢屋も、あたしの頭に顔を寄せる。
それは小さくて仮初めのものだとしても、あたしに確かな幸せを感じさせた。
視線を煙草に向ければ、2つの火が寄り添ってゆらゆらと揺れていた。
まるでチークダンスを踊っているかのように。
暗闇で当てもなく揺れる2つの火は、紛れもなくあたしと鉢屋。この関係から解放される術を、あたしも鉢屋もまだ見る勇気の無い臆病者なんだ。