初めまして、この感情。
澄み切った空と、悠然と舞う桜のコントラストに私は目を細める。
真新しい制服に違和感を感じつつも、昇降口でクラス発表の紙を貰う。
所定の下駄箱に靴を替えていると、隣に人の気配を感じた。
ちらりと顔を上げると、その子に目が釘付けになる。
柔らかそうなグレイの髪の毛に、マスカラなんていらないほど腰のある睫毛。きめ細やかで、まるで陽に当たったことのないような白い肌。とろんとした何を思っているのかわからない瞳。
不思議そうな子だが、こんな可愛い子は見たことがなかった。私は意を決して声をかけてみる。
「ねぇ。私、★って言うんだ。名前、教えてもらってもいい?」
こちらに向き直り、目をぱちくりと瞬きをしてから、その子は何か呟いた。
「…あや…。」
その声は小さく、周りの喧騒に飲み込まれてしまったが、何とか二文字だけ聞き取れた。
「…あや?あ、あやちゃんって言うんだ。この下駄箱って同じクラスだよね。教室まで一緒に行こう?」
その子は少し間を置いてから、こくりと頷いた。
一緒に階段を登る。ただ階段を登るというただの動作なのに、あやちゃんの可愛らしさに私は目を離す事が出来なかった。
あやちゃんに集中していた私は、自分の足元を疎かにしてしまった。右足の空虚感。落ちる。
「あ…。」
声を出したと同時に、私の手がぐいっと引っ張られた。
「…大丈夫?」
あやちゃんは見た目よりも力があった。掌も私の手を包み込むくらい大きくて、すこしゴツゴツとしていた。
「あ、りがと。あやちゃん、力あるんだね…。」
指だけはお互い離さず、また階段を登る。
「まぁ、いつも穴掘ってるから…」
あ、穴…?よくわからず私はそのまま流してしまった。長かった登り階段がやっと終わる。
「ねぇ、トイレ行きたいんだけど。」
少し首を傾げ、少し先に見えるトイレを指差す。するりと繋がった指が抜けそうになり、私はあやちゃんの指を握り直した。
「トイレね、じゃあ行こうか。」
握られ直した手を、あやちゃんが見つめる。もしかして嫌だったのかと思っていると、ほんの少しだけど、確かに微笑んだ。
「★っておもしろいね。」
一歩先を歩くあやちゃんが呟くように、でもあたしの耳に届く声で言った。
「そ、そうかなぁ…。」
呼び捨てで呼ばれたのが嬉しくて、でも恥ずかしくて、それを隠すように繋いでいる反対の手で少し前髪を弄る。
「でさ、ここ男子トイレなんだけど…ここまでもついてきてくれるの?」
男 子 ト イ レ ?
あやちゃんを見て、周りの状況を確認した。いや、確認なんてしなけりゃ良かった。
「あ、ああああああ綾部!?な、何故こんな所に女子を連れてきているのだ!?」
「あ、滝。おはよう。」
顔を真っ赤にして慌てている、滝と言う男子。
「あ、綾部君おはよう。僕らおんなじクラスだよー。んで、その子だぁれ?」
「あ、タカ丸さん。おはようございます。この子は★です。同じクラスの子ですよ。」
明らかに校則まる無視のタカ丸さんと言う男子。
「んな呑気な事言ってないで!俺まだ途中なんだから…!」
「あ、三木も居たんだ。おはよう。」
現在進行形で用を足している三木と言う男子。
「…い。」
「「「「い?」」」」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は今まで生きてきた中で、一番大きな声を出して、男子トイレから脱出した。まさかあやちゃ、いや。綾部君が男の子だったなんて…。
さよなら、甘酸っぱいドラマを期待していた高校生活。
これからは男子トイレに入った変態の称号を掲げて、嘲笑われながら生活するのか。
教室にも入れず、近くの窓でぼーっとしているとぽんぽんと肩を叩かれた。
振り返るとあやちゃ…、綾部君がちょこんと立っていた。
「あ、や…べ君。」
「早く教室行こうよ。」
先ほどの一件がなかったかのように話掛ける綾部君。
「だっ、て…もう変態の称号が…。」
私の言葉に首を傾げる綾部君。やっぱり可愛い。
「大丈夫。どんな事言われたって僕がついてるから。」
綾部君によって繋がれた手から、何かが心臓へと突き刺さった。
私はいつの間にか首を縦に振って、綾部君に引っ張られながら後ろを歩く。
心臓に突き刺さった何かの正体はまだ分からないけれど、まだ始まったばかり。
いつかはわかるだろう。
「綾部君、よろしくね。」
「うん。よろしく、★」