刹那の先に
「さて、☆に問題です。今日、俺の両親が旅行に行っていません。つまりは俺一人。俺は何をしたいでしょーか。」
「…女の子とにゃんにゃん。」
次の授業の用意をしていたら、訳の分からない問題をふっかけられた。
「おしい、俺もそうしたいとこだけどな、もっとイイコトしようと思ってんだよ。」
女の子とにゃんにゃんしたいけどなーと妄想を繰り広げている三郎。
そこへハチがやってきた。
「お、☆も宅飲みくるか?」
宅飲み、と聞いたら答えは一つしかないだろう。
「是非ともご一緒させてください。」
三郎はニヤリと笑う。
「その返事を待ってました。」
放課後、三郎の机のもとへ行く。ハチは先に帰ったらしく、ハチの机を見ても荷物はなかった。
「んでハチと三郎と私と、あと誰が来るの?」
三郎は机に座って携帯をいじりつつ答える。
「あとは兵助と雷蔵。で、ハチが先に家帰って酒の準備して、俺と兵助と☆で酒を取りに行くから。」
さすがは竹谷酒店の息子。
「不破くんは?」
「雷蔵は図書委員会の仕事があるから、それ終わってから俺んち来るって。」
パタリと携帯を閉じ、机から降りる。見計らったかのように兵助がドアからひょっこり顔を出す。
「おーい、三郎、☆行くぞ。」
三郎は兵助に遅いっとデコピンを食らわせ、3人で竹谷酒店を目指し、学校を後にした。
夕暮れの商店街は老若男女問わず、たくさんの人たちで賑わっていた。何処かから漂ってくる夕飯の良い匂いがお腹の虫を騒がす。
込み合う商店街を歩くために兵助、私、三郎の順で歩いていると、いきなり兵助が足を止めた。
私は突然止まる兵助の背中に鼻をぶつけてしまったあげく後ろの三郎に押しつぶされた。
「何だよ、兵助。可愛い女の子でも見つけたか?」
茶化す三郎は、兵助の視線の先を追った。
私も気になり、頑張って背伸びをして2人の目線を追う。
「☆、見るな。」
いつも無表情の兵助の顔が自棄に鋭かった。
「え?なんで…」
疑問を持ちつつ、私の目はまだ周囲を見渡していた。
三郎が微かに声を上げた。どうやら兵助の見たものを見つけたらしい。三郎を視線の先に目を凝らす。
「だめだ、見るな。☆…」
後ろから三郎の左腕が視界を覆った。
私は硬直した。
三郎の左腕が視界を覆う刹那、見つけてしまったのだ。2人が見たものを、2人が私に見せたくなかったものを。
同じ学校の女の子と仲良く手を繋いで歩いている留の姿を。
「2人とも、…ありがと。」
これくらいしか言えなかった。
2人とも私を見つめる。すごく心配そうな顔。
「何そんな湿気た面してんのさ!大丈夫だって!私はそんなに弱くないよ。」
三郎を兵助の隣へと押しやり、2人の背中をバシバシと叩く。
「さ、はちが待ってるからさっさと行こう?」
三郎がわしゃわしゃと私の頭を撫でる。
兵助は下手くそな笑顔で笑う。
大丈夫、2人に心配をかけるぐらいなら私は平静を装う。
2人の腕を掴んで早くと急かす。脳裏には、留の幸せそうな笑顔が頭から離れなかった。