あなたは、残酷なほど優しい人
掃除の時間から、左目の中に異物感がある。
どれだけ三郎に引かれるほど瞼をひっぱっても、はちが爆笑するくらい目を動かしても、全く取れる気配がない。
「☆、諦めて保健室行ってこい。」
帰りのHRも終わり、三郎がまだどん引きした目で見てくる。はちはとっくに部活へ行ってしまった。
「保健室…ね、わかったよ。」
付いてきてもらおうかと思ったけれど、調子に乗るだろうからやめておいた。
どうか、いさっくん先輩を待っているあの人が居ませんようにと願って。
「失礼します。」
扉を開くと、誰もそこにはいなかった。
ふぅ、と溜め息を吐く。
「どうかしたのか?」
心臓がびくりと揺れた。
その声を聞き間違えるはずがない。短く息を吸ってから振り返る。
「っと、…★、か。どうした?」
あたしは笑顔を貼り付ける。
「あ、ちょっと目にゴミが入ったのが取れなくて…。いさっくん先輩いないんですねー。」
保健室の空気が薄く感じる。呼吸がしずらい。足がガクガクしそう。
「伊作ならトイレットペーパーの補充行っちまったから時間かかるぞ。どっちにゴミ入ったんだ?」
留がこちらに近づいてくる。私が後退りしようとしたら、運悪く私の真後ろにあったパイプ椅子に見事腰を下ろしてしまった。
留が目をよく見ようと留の呼吸がわかる程に顔を近づけてくる。
やめてよ、ほっとけばいいじゃない。いさっくん先輩くるまで待ってろとか言ってよ。冷静に罵る心とは裏腹に、私の心臓の鼓動は壊れるんじゃないかってくらい早かった。
「あー左目すげー赤くなってんな。ちょっと待ってろ。」
眼薬はー、と棚を勝手に開いてガサゴソ引き出しを探る留。
「と…食満先輩、いいです。自分でやりますって…」
言ってはみてみたものの、前までは付き合ってたのだから留の性格は大体把握してしまっている。
面倒見のよすぎる根っからのオカン体質、拒んだ所で聞かない事は百も承知。
優しいんだ、留は。
誰に対しても、それが子供でも男でも女でも老人でも、元カノでさえも。
そう、優しすぎるんだ。
運悪くも眼薬は見つかってしまい、留が私の顔を上へと向かせる。
ふわりと香る留の匂い。涙腺がじわりと熱を持つ。
ぽたり、と垂れた目薬が涙の代わりをしてくれた。目薬が鼻につんときた。
「どうだ?ごみ、取れたか?」
ティッシュを差し出され、そっと左目を拭う。さっきの異物感は無くなっていた。
「だ、いじょうぶみたい、です。有難う御座いました。」
ぐしゃり、とティッシュを握りつぶす。
感情を抑えこむように。
「あぁ、じゃあな…。」
ふっ、と笑う仕草は付き合っていた頃のままで、私の感情を狂わせる。
「はい、失礼します。」
他人行儀な会釈を返して、逃げ出したい気持ちを押さえつけて、冷静を総動員させて保健室を後にした。
優しすぎる留の行動は私の心を悪戯に荒らす。
あぁ、なんて残酷な程に優しいんだろう。