シフォンケーキに苦い思い出
昼休み、購買でパンを買いに来たのが間違いだった。
まぁ、同じ学校なんだから会ってしまうのは当然だろうけど。
売店から出てくるいさっくん先輩と話しながら歩いてくるあいつと目が合ってしまった。
ずきりと痛む心臓。冷や汗が流れる。
いさっくん先輩も気付く。あからさまにヤバいという顔。
私は笑顔を貼り付ける。
「こんちはー。食満先輩、いさっくん先輩。購買まだなんか残ってます?」
「あ、うん!焼きそばパンとかメロンパンとかっ!」
いさっくん先輩は留を気にしながらも、笑顔で対応してくれた。
「ありがとうございまーす。」
離れようとした瞬間、留が口を開く。
「★の好きなシフォンケーキまだ残ってたぞ。」
☆、とは呼んでくれくれないのかとぼんやり思った。
あぁ、私もそうか。
「まじっすか、じゃあ急いで行かなきゃ!んじゃ、さいならー。」
ちゃんと笑えていただろうか、変な動きをしてなかっただろうか。
後ろは振り向けなかった。
中庭のベンチで本を片手にメロンパンを頬張る。
シフォンケーキを買おうとしたが、手が動かなかった。
いつも留の隣で食べていたシフォンケーキは、味と一緒にあの甘い日々を連れてきてしまいそうだったから。
小説はクライマックスへと入った。
機械仕掛けの女は、誰かを愛するという事を知った。
機械仕掛けという事を隠していた男は、女に愛と言うものを教え、静かに生涯を終えていった。
一気に読み終えた。
溢れる涙が止まらない。
やっと泣くことが出来たな、なんて思う。
そろそろ授業が始まるのに、涙腺は簡単に閉じなかった。
「★さん?」
優しい声。
これは絶対に不破くんだ。
はい、とハンカチを差し出された。
今時、ハンカチをさっと差し出せる高校生はそう居ないだろう。
ありがと、と言ったはずだが声は掠れていた。
「この本、感動するでしょ。僕もすごくないちゃったんだ。」
横に座って、にこりと笑いかける雷蔵の存在は、私の心をすごく静かに、穏やかにさせてくれる。
ハンカチで涙を拭いても、どんどんと溢れてくる。
「泣ける時に泣いておこう?絶対すっきりするから、ね?」
優しさを形にしたら不破くんになるのだろうか、とおかしな考えがよぎる。
その言葉に甘えた涙が、またハンカチに吸い込まれた。