不器用boy




まったくといっても良い程音もせず走る車の中、どうしてこんなにも私は緊張しなきゃいけないんだ。理由は至って簡単。それもこれもあいつが悪い。跡部景吾。財閥の御曹司だかなんだか知らないが要するに只の金持ちの坊ちゃん。あ、ちなみに私は氷帝学園に特待生で入ったごくごく普通の一般庶民だ。私にとって跡部は3年生になって初めて一緒になったクラスメートで今日たまたま日直が一緒だったって事ぐらいしか共通点が無い相手。我が氷帝学園のお金持ちでお淑やかかと思いきや、あれま不思議そんなこともない女の子達は「きゃー!跡部様〜!」などと毎日毎日跡部の後を追い掛けては、飽きずに叫んで騒いでいる。
顔だけ見るとかなり良い方だなあ、とは私も思うんだけど性格がそりゃもう有り得ないから歓声を上げる気にもならない。まあ性格なんてたいして知らないと言ったら知らないんだけど、生徒会会長やテニス部部長として活動してる跡部を見るかぎりは俺様。そんな跡部と今、私は一緒にリムジン(もちろん跡部の)に乗っている。なぜ?理由は拉致されたからだ。あ、もちろんガチの拉致なんかではなくて
「俺様の車に乗れ」
「はい?」
「ほら、行くぞ」
みたいに半強制的に乗せられただけだけど一般的にああいうのは拉致って呼んでも間違ってはいないと思う。しかも数分前に
「お前を今から俺様の婚約者として俺の両親に紹介してやる」
「…えっ」
「失礼のないようにしろよ」
なんていう会話をしたせいで、私の心臓は有り得ない程脈打っている。何で私が婚約者なの?ていう疑問は悶々と残っているけど、跡部に意見した所できっと今さら覆らないことは百も承知だ。何か跡部なら諦めてしまえる。話しなんて数える程しかしたこと無いけど朝礼の生徒会会長としてしている話とか、各行事での挨拶とか跡部のファンの話を聞いていればそれぐらい分かる。そんなことより跡部財閥のトップにたつ跡部の両親に会うって事は、失礼があればきっと意図も簡単に私の親をリストラにする事ぐらい出来るだろうと思うから異常に緊張している。なんたって私は只の庶民。親だって只のどこにでもいるサラリーマンだ。あ、跡部の婚約者だなんて恐れ多い…!とか「跡部様の婚約者…嬉しい!」とかいう思いは跡部ファンクラブの皆さん方には悪いが全くもって思っていない。とにかく跡部の両親に会うなんて嫌。憂鬱だ。ああもう、なんて気を使うんだ!


「ねえ跡部」
「何だ」
「私は制服であんたの両親に会う訳?」
「まあそうだな。嫌ならドレスぐらい用意させるが」
「あ、いや制服で良いよ」
「…」
「…」
「…お前、何で自分が俺様の婚約者なんだとか聞かないのか?」
「聞いて欲しいの?」
「いや。聞かれたら答えるが」
「…私に惚れた訳?」
「ああ」
「私は別にあんたに惚れてないんだけど?」
「これから惚れさせてやるよ」
「保証でもあるの?」
「俺様に不可能な事なんて無いんだよ」
「…不器用」



(ああでも、きっと私があなたに惚れるのは時間の問題)



 

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