ねえ、と彼は笑う。どうにも困ったなあ、というそれで煙草のフィルターを噛み、頭を掻いた。夕陽を背負った髪と白衣が橙に染まっていて、眼鏡の下の目はよく見えない。俺はどうしていいか解らなかった。ただひたすら右手で彼の手首を掴み、左手で手摺を掴んでいた。――ここ、が俺とお前のさかいめなんだよ、おとなとこどものさかいめなんだ。彼はやはり困ったふうに笑む。こどもはこっちがわに来たらだめなんだ、後先考えずに飛び降りるからね、その点おとなは踏みとどまれる、いろんなものを背負っていて踏み出すぶんの力がないから。――風が吹く。手摺の外に立ち俺を困った笑みで見る彼は決してたよりない身体つきではないけれど、今、俺がこの手を離して仕舞えば途端ふわりと体重を夕陽だけに預けて仕舞いそうに思えた。背に走る悪寒は汗となってシャツをべたり、ねとりと気持ち悪く貼りつかせている。土方、俺はおとなだよ、お前みたいなこどもを相手に出来るほど余裕も暇もないよ、……でもな、その、余裕、とか暇とか、を作っちゃいたくなるんだ、お前が相手だと――お前を見てると。なあ土方、俺はお前のためにこどもになるのもやぶさかではないよ、……けど、言ったろ、こどもは後先考えず――言い終えるを待たず彼は、背後へ重心を傾けた。咄嗟に手摺の左手を彼の手首を持つ右手に重ねて全力で引っ張った。痛い、聞こえた声は無視、生まれて十七年でこのかた出したことのない力で彼の身体をこちらがわ、へ、引き摺り込んだ。双方地面に倒れ込む。……土方超馬鹿力。……――おれ、が、いけないの、おれが、あんたを、すきになったか、ら。仰向けた彼の胸板に縋った俺の声は乱れた呼吸と嗚咽とでぐちゃぐちゃだった。なあ、おれ、が、すこしでも、……あんたのいう、おとな、になれば、いいのか、……そんなのむり、なのか。言っていることもぐちゃぐちゃでだけれど俺はぐちゃぐちゃなりに本音だけを彼の甘い苦い匂いのする胸に吐き出して、そうするとやがて髪を梳く感触があった。……おとなには、それが悪いことだとわかっててやっちゃうことがあるんだ、だれも叱ってくれないからね。その声は困った、というより、降参、という色が濃かった。綺麗な空だよ土方、神様俺を見てるかなあ俺を叱るのはあんたしかいないのに、叱るのは今しかないのに。そう呟くのを聞きながら、ああ俺の想いは報われるという喜びとともに、生涯叶うことはないのだという失望を知る。涙がこぼれて甘い苦い匂いのする胸に落ちたと同時、俺の背中へさっきまで俺が掴んでいた腕がゆるりと回された。――嗚呼、斯くも、残酷なひと。
 
 
 

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