がしゃんと耳障りな音がする。よくもまァ、煩い鴉の鳴き声の間を縫って入ってくるもんだと感心するが、今はそんな状況ではない。一刻も早くこの腕の中から逃れなければならぬ。
「お前さ、俺のこと好きなの」
ひやり、と頬を伝う汗がすべての思考を止める。
抑揚のない、何の感情も孕まぬ声だった。無機質で絶望しか与えてくれないと脳内で警鐘がけたたましく鳴っている。
背後には錆び付いたフェンス、その向こう側では練習を終えた陸上部が騒いでいる。無邪気な声、まるでこの状況には似つかわしくない。
眼前には男がいて、真っさらな顔をしている。肩を掴む掌のぬくもりだけが男の存在を感じさせる。強かに打ち付けた背中がじくじくと痛む。
「ね、土方くんどうなの。教えてよ」ゆるりと弧を描く口許に自然と握りしめた手に力が入る。汗で粘ついているのは、怯えからなのか、或いは。
レンズ一枚隔てただけで男の瞳の色は見えない。沈んでいく太陽のそれが微かに映るだけだ。色素の薄い睫毛が橙に色づいていて綺麗だ、と思う。白衣も、ワイシャツも、髪も、肌もすべてが今は朱に染まる。
「…き、らいじゃねぇよ、」
漸くのこと吐き出した言葉は緊張の所為か掠れていてみっともない。
だが、彼はわらう。静かに静かに目を細めて、微かな呆れを滲ませて。
「ばかだなあお前は」
ああ、言わないでくれ。頼むから後生だからそれ以上は何も。何も暴かないでくれ。
俺は叫ぶが、しかしそれは音にすらなることがなく、虚しく空気に溶ける。
「そういうのは好きって言うんだよ」
触れ合った唇に確かな絶望を覚え、毀れ落ちた涙が彼を汚していく。


title;毀れた果実

 

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