足を引きずりながら上り続けた階段の先、倒れ込むように背を預けたフェンスがガシャンと耳障りな音を立てる。最悪だ。粘ついた湿度を以って絡み付く生温かい空気に、意思とは無関係に噴き出してくる冷や汗と血液が余計に不快さを増して堪らなかった。鼓膜を直接穿つような心音を払い除けて欹てた耳に届くのは、カン、カン、と一定の間隔で近付いてくる靴音。
――撒いたと思ったのに、畜生。舌打ちを一つ洩らして傍らの刀に手を掛ける。ぴたりと合わせた刃先の中心点で、十メートルほど先の扉が徐にギイと音を立てた。続いて覗いたのは夕陽を飴色に屈曲させた銀髪。
追手は撒けてる、早めに手当てしないとやべんじゃね。あまりに意外な人物に瞠目している此方には頓着せず、短く二点を告げた唇が、一拍置いてほんの僅かに歪んだ。
「鬼の副長さんでも逃げることなんてあんの」
紡がれた日常の滲む口調に、息を吐いてゆっくりと刀を地に下ろす。
「…無駄死にはしねえ主義でな」
廃ビルの屋上を染める夕焼けは不気味なほど大きく迫り、街全体に火の粉を降らすような赤橙色は吐き気がするほど綺麗だった。震える指で煙草に火を点ける。嗚呼、本日も、生き延びてしまった。
 
 

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