南沢離脱後












「先、輩?」
 ざあざあ雨が降っていて、しかも今は夜の10時で、周りは酒臭い大人ばっかりで、なおかつここは最寄り駅から随分遠い駅周辺の、ちょっと怪しげな裏道だから、知ってる人間に遭遇するなんて思ってなくて。
 それが、意中の人だったなんてなおさら。
 「……倉間?」
 南沢先輩も驚いたようにかすかに目を見開く。
 先輩とは、確かに同じ学校に通っているのに、会うのも、言葉を交えるのも久しぶりに感じた。
 先輩は、すでにシャッターの閉まった店の前にしゃがみこんで雨を避けている。肩と、ズボンの裾が濡れてわずかに変色していた。
 おれは先輩の近くまで寄った。
「こんなところで何してるんですか」
「お前こそ」
「おれ、駅に向かってるんですよ。早く帰りたいんで」
「ふぅん」
 先輩が、興味なさそうに相づちを打つ。
「で、先輩は何してるんすか」
「見てわかんない?」
 先輩がちょっとだけ笑った。
 こんな夜の街で、閉じた店先に座って、何をしているというんだ。
「誰か、待ってるんですか?」
「んー、雨やむの待ってる」
「それってただの雨宿りですよね」
「まぁ、そうだな」
「傘持ってきてないんですか」
「あぁ」
 先輩が膝に頬杖をついて、おれを見上げた。
「駅行くんだろ?」
「はい」
「帰るんだろ?」
「そうっすけど」
 じゃあさ、って言って先輩が立ち上がる。
 さっきまで見上げられてたのに、今度はおれが見上げる番になってしまった。
「傘、入れてくんない?」
 別に、断るつもりはなかったんだけど、おれが返事をするより先に、先輩がひょいっと傘に入って来た。
「………いいなんて言ってないですよ」
「断らせねぇよ」
「横着っすね」
「ハハ、だろ?」
 先輩が楽しそうに笑う。こんな先輩、初めて見たかもしれない。
「じゃあ詫びに、おれが持ってやるよ」
「あ、」
 先輩がおれの傘を奪い取る。一瞬だけ触れた先輩の手がひんやり冷たくて、この人おれがいなかったらどうやって帰るつもりだったんだろうって思った。
 ほら行くぞって先輩が肩を押す。
 先輩の隣を同じ歩幅で歩きながら、こんな風にずっと隣にいられたらいいな、なんて。
 そんな愚かな願望は、早めに捨てた方がいいのだろうか。




end












ふ、不完全燃焼すぎる……!!!
南←倉表記のがよかったかな?



2011/08/06 22:10
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