「先輩ってカノジョいるんスか?」
 部活も終わって、みんな帰る支度をする頃、水道で顔を洗う先輩を見つけて聞いてみた。
 先輩は蛇口を締めて、肩に掛けたタオルで顔を拭いた。濡れたままの前髪から滴る水がなんだかやらしい。
「……なんで?」
「なんとなくです」
「あ、そ」
 ほんとは『なんとなく』なんかじゃない。すごく気になってんだ、それも、ずいぶん前から。
「カノジョ、ねぇ」
 先輩が、何か考えるみたいに、右足のつま先をトントンと地面に打ちつけた。
 それからこっちを振り向いて、
「いねぇよ、今は」
 と言った。『今は』って言い方が、まるで『またすぐ作ります』って言ってるみたいでムカつく。
「……そースか」
 だからおれは、さよならっつってその場から離れようとしたのに、
「倉間」
 先輩が名前を呼ぶから、つい足を止めてしまった。
「なんスか」
「いや、おれもなんとなく聞くわ」
「え、」
「倉間カノジョいんの?」
 振り向くとニヤニヤ笑う先輩と目があった。なんだよその上から目線。確かに身長も年齢も先輩のが上なんだけど、なんか、すげぇムカつく。
「いませんよ」
「へぇ、なんで」
「なんでって………」
 なんでって聞かれても困る。冗談めかして、『チビだからです』とか言ってみようか。いやだなそれ。反応が目に見えてる。他に言うことないし、ほんとのことでも言おうかな。
「本命が、振り向いてくれないんすよ」
「ふぅん。意外と可愛いとこあんじゃん」
「別に人の好きじゃないですか」
「で、どんなヤツよ」
「ちょっ、」
 どんなヤツ……。目の前にいるんだけどなぁ。
「えーと、……すんげぇ生意気で、ウザくて、いつも調子乗ってるヤツです」
 先輩が目を細めて笑う。西日に照らされて綺麗だ。
「ひどい言われようだな。でも、ソイツのこと好きなんだろ?」
「…まぁ、それなりに」
 そりゃあもう夢に見るほどに。なんて、言わないけど。
「でも、お前そっくりだな」
「は、」
「おれから見たお前って、『すんげぇ生意気で、ウザくて、いつも調子乗ってるヤツ』だぜ?」
 うわ。人の科白をそのまま復唱するとか。すごくムカつく。それに、ちょっと傷ついた。
 そんなこと、頭の中でぐるぐる考えてると、今まで笑っていた先輩が、ふと、真顔になった。
「そんで、夢に見るほどに、好き、な」
「……へ?」
 思わず変な声が出る。先輩がぷっと吹き出した。
「え、先ぱ……」
「自惚れていい? お前隠し事へたくそすぎんだよ」
 先輩がおれの頭をポンと叩く。子供扱いしないでくださいよ、とか、口から出なかった。
「良かったな倉間」
 先輩がおれの横を通り過ぎて行く。
「じゃあ、また明日な」
 おれはしばらく動けなかった。『好き』とか『先輩』とか『本命』とか、そういうの全部、おれの頭に入りきんなくて。
 バカなおれには理解できないよ先輩。
 かっこよく帰った先輩には悪いけど、おれは遠くに見える先輩の背中を追いかけた。




end












最初は余裕な先輩



2011/07/10 22:04
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