デモたんの目がアレです。
肌と大気の境目すらわからなくなるような無の空間。暗いのか明るいのかもわからない。その上おれの体からはいつの間にか音の感覚が遮断されていたようで、いよいよ全ての感覚を失ったような、そんな気分になる。少し前までは、自分に意識があるのかすら判断できなかった。何も見えない四角い箱の中にいたって、死んでるも当然だったから。
「デモーニオ、起きてるのか?」
でも最近はそんな空間の中に勝手にズカズカ入り込んできて、おれを無理矢理叩き起こすヤツがいる。まぁ、実際に叩いて起こされたことなんてないが。
ふわり、と、どこからか風が吹き込んできておれの頬を撫でていく。その時初めておれは肌と大気の境目を知る。
それから微かに、ホントに微かに、瞼の裏が明るくなる。その時初めて懸命に機能しようとしている自分の視力を知る。
ヤツの足音が聞こえる。おれの聴力はどうやら正常らしい。
ギィッという音がすぐ左の頭のそばで鳴った。ヤツがそこに腰掛けたんだろう。
「おはよう。今ちょうど、朝の9時を回ったところだよ」
そんな朝からおれを訪れてどういうつもりなんだろう。別に、フィディオがここを訪れる意味なんてないのに。
唐突に何かが頬に触れて驚いた。
「起きてるんだね」
あぁ、そうか。これはフィディオの指先だ。彼の指は優しく頬を撫でていく。その仕草が気持ち悪くも、心地よくもあった。
なんとなくむず痒くて顔を傾ける。フィディオの指は素直に離れていった。
「気分はどう?」
「……普通」
「うん、それは良かった」
何もないつまらない病室に、静かに風が吹き込んでくる。
「もうすぐ治るって、お医者さんが言ってた」
「知ってるよ」
「そしたらまた、君とサッカーできるね」
「……」
「早くサッカーしたい?」
「……まぁ」
「うん。だよね、」
おれには見えてないけど、フィディオが微笑んで頷いているのがわかった。
早くサッカーしたい、か。
確かに、こんなのとっとと治してみんなと一緒にサッカーしたいと思う。けど、
「おれもデモーニオとサッカーしたいよ、だけど」
フィディオの指が、今度は少しの力を伴って、包帯や瞼の上から眼球を抑えた。
「ねぇ、デモーニオ、」
この薄暗い病室に、そこに存在する目の見えないおれに、止まった時間を教え、またそれを流してくれるのはフィディオだけ。
必然的に、フィディオが来ない日はおれの中に刻まれないのだ。
「………ううん。なんでもない。ごめん」
フィディオが手を離す。眼球に感じていた圧迫感が消えた。
「早く治してね。待ってる。早く君の目がみたいな」
椅子を引く音が響き、暫くして足音が遠ざかる。じゃあね、と一声かけて彼は部屋を後にした。
風が吹かなくなった。彼がいつも窓を閉めていってしまうからだ。それが意図するものに気づいても、不思議と嫌悪感は無かったのだが。
end
早く一緒にサッカーしたいと思いながらもデモーニオが自分を軸にして世界を感じているこの現状に満足しがちなフィディオさん
2011/12/07 13:43
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