雨が降ってきた。
天気予報でも言っていた。
おれは天気予報を見ていた。けど、傘は持ってこなかった。
すぐに帰る予定でもなかった。
雨に降られることはわかってた。
否、雨に降られるために外に出た。
別に、憂鬱な気分を洗い流したいからとか、そういう気分でもない。
雨に慌てたらしい中年の女が、バックを抱えて走って行く。
一瞬、女と目があった。
雨に煙る公園で、傘もささずに突っ立ってる少年がそんなに珍しいかい。女は怪訝そうにおれを見てから、走り去った。後ろ姿が滑稽だった。
それから、誰もいなくなった。
車も通らなかった。
家なら腐るほどあるのに、人がいないなんて面白い。
雨は家々の屋根を叩く。
ふと、背後で足音がした。
「貴様は何がしたいんだ」
振り返ると、見慣れた人物が紺色の傘をさしていた。
雨はそいつの傘をも叩く。
そいつは呆れたようにため息をついた。
「風邪ひくぞ」
おれは、そいつが差し出してきた傘を押し返した。
「鬼道くんが風邪ひく」
「じゃあ、一緒に入るか」
そいつが傘を傾ける。
おれは首を振った。髪から微かに水滴が飛ぶ。
「いい。今は、このままで…」
「そうか」
すると、そいつはおもむろに傘を閉じた。
「…なにしてんだよ」
そいつはなにも言わなかった。だけど、代わりとでもいうように、手を、差し出してきた。
「帰ろう」
雨が、そいつの髪を、肩を、腕を、手を、ゆっくりと、濡らしてゆく。
それなのに、その手は温かかった。
「帰ろう、不動」
そいつが手を引く。歩き出す。
おれはそいつの隣に立った。
雨が降る。
天気予報は「肌寒い1日になるでしょう」と言っていた。
けれどその雨は、おれには温かく感じられた。
end
梅雨のきどふど
2011/06/25 20:48
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