年齢操作。暗い












「おい。テメェらどっちか、おれと浮気しろ」
「は、」
 源田は意味がわからないというように眉をひそめた。
 佐久間は僅かに目を見開いた。
 あんまりにも想像通りの反応に、おれの苛立ちは増した。
「な、何を言ってるんだ不動!!」
 源田がテーブルを叩いて立ち上がり、おれの肩を掴んだ。
「二度とそういうことを言うんじゃない。鬼道がいながら…、何てことを」
 ちらりと佐久間を見ると血の気が引いたように顔を青くしてうつむいていた。膝の上に置かれた拳はきっと汗で湿ってる。おれの苛立ちはなお募る。
 おれは源田をさらに怒らせるように嘲笑を浮かべた。
「鬼道くん? おれが浮気したら鬼道くんどうすんの?」
「不動、ふざけるのも大概にしろ。お前が浮気なんてしたら鬼道は傷つく」
 おれは源田の手を払いのけて、源田ではなく佐久間を見て言った。
「…傷ついてんのはおれの方だよ源田」
 今度は、怒りと冷たさをたっぷり込めて。
 佐久間はこちらを見ようとしなかった。ただ顔を下げて自分の膝あたりを見ている。それがあんまりにも情けないんで殴る気も怒鳴る気も失せた。
「どういう、ことだ?」
 声がした方を見ると、またしても眉をひそめた源田がこちらを見ていた。
「そのまんまの意味だよ源田ァ。わかんだろォ?」
「何かの間違いだ」
「んなワケねぇよ。ちゃんと見ちゃったもんなぁ」
「鬼道に限って…」
 そう、鬼道に限って。
「なぁ、おれ、鬼道くんのこと本気で信じてたんだよ。最初で最後の人だと信じてたんだよ。でもさぁ、」
 おれは椅子に腰かけると、自慢の演技で目一杯寂しげな笑みを浮かべてやった。
「おれ、鬼道くんに捨てられちゃった」
 どうせなら泣いてやろうかとも思った。けど、流石に源田がカワイソウだからやめた。ほら、今だって源田は、困惑しきった様子で目を瞬かせている。源田は、優しい。
 源田がいなかったら今頃ここは血の海だよ。源田んちが殺人現場になって、おれは恐ろしき殺人犯になっていた。まぁ、別にいィんだけど。
「ふど…、」
「悪かったな。源田、佐久間。おれの愚痴なんか聞かせて。でも話したら落ち着いたわ。あんがと」
 おれは席を立つ。
 愚痴を聞いてもらったら気持ちが楽になった、でもやっぱりまだちょっと辛い、と、いった具合の名演技を披露しながら。ホントは腸煮えくり返りそうだってのによ。
 源田が何度も呼ぶのを背中で聞きながら、おれは玄関に向かう。
 靴を履いていると、背後で足音がした。振り返ると、なんとも複雑な表情を浮かべた佐久間が突っ立っていた。
 佐久間は何も言わなかった。おれも何も言わなかった。言えなかった。口を開いた瞬間に、目の前の男を殺してしまいそうだったから。
 代わりにおれは、分厚い茶封筒を佐久間に投げつけてやった。佐久間は無言でそれを拾い上げ、封を破り中を確認する。中には何十枚という膨大な数の写真が入っているはずだ。
「…何のつもりだ」
 おれは答えなかった。佐久間の額に浮かぶ汗を見て、ただただ愚かだと思った。
 源田の家を出ると、今の気分とは正反対の陽気な日差しがおれを照らした。
 車の少ない通りでは、小さな子供たちが道路や塀にチョークで絵を描いて笑っている。
 そんな楽しげな様子を見ながら、おれは世界に絶望していた。





 決行する日が訪れた。
 戦場に向かう戦士というのはこんな気分なのだろうかと思った。いや、もっと清々しい気持ちでいるかもしれない。
 気分が晴れずにいるのは、まだ僅かな希望を信じてウジウジしている自分がいるからだ。
 おれは指輪を外した。
 ピアスも全部外して、空のゴミ箱に投げ入れた。お気に入りだったピアスが一つ、ゴミ箱に入らずに床に落ちた。
 拾いに行くのも億劫で、おれはベッドにうつぶせで寝っ転がったまま、そのピアスに視線をやった。
 あのピアスは、付き合い始めて最初の誕生日に鬼道がくれたものだ。忘れるわけない。
 鬼道は最初、おれがピアスを開けることに反対していた。なのにアイツは緑色が輝くピアスをおれに渡した。はにかむ鬼道の右耳には、色違いの赤いピアスが輝いていたっけ。
 全部、忘れろ。
 忘れなければ、いけないんだ。
 考えれば考えるほどに自分が惨めに思えてくる。全ての思考を破棄してしまいたい気分だった。
「ただいま…」
 玄関のドアが開く音がして、聞き慣れた声がした。
 いつもならすぐに廊下を歩く足音がしてきて、リビングのドアが開くはずだった。
 おれは体を起こすと、はやる気持ちを抑えつつ、玄関へと向かう。玄関先では鬼道が足元を見たまま硬直していた。
 廊下には何十枚もの写真がばらまかれている。
 鬼道はそれを見たまま、まばたきすら忘れて固まっていた。
「それ全部、記憶にありますかね? 鬼道くん」
 声をかけると、鬼道がゆっくりと顔を上げた。
 写真、写真、写真。それら全部が、
「鬼道くんと、佐久間。で、あってるよな?」
 鬼道が何か言いたげに僅かに口を開いて、閉じた。
 反論しろよ。なんでしないんだよ。全部、事実だから?
 おれは肩の力を抜いた。
「もう、疲れたよ」
 一歩。鬼道に、玄関に、終わりに近づく。
「鬼道くんも、隠すの疲れたろ?」
 まぁ、気づいてたよ。気づかないとでも思ったのかよ。
 もう一歩。忌々しき写真を踏みつけながら、玄関に近づく。
「さよなら鬼道くん」
 鬼道のわきを通り抜け、玄関のドアノブに手をかける。
 鬼道は何も言わなかった。それがすごくすごく悔しかった。鼻の奥がツンと痛む。
「…おしあわせに」
 声が震えた。
 鼻を啜りながら玄関を閉めた。
 これからどこに行こうかなんて、考えていなかった。
 本当は、引き止めてくれるんじゃないかと、心のどこかで願っていた。そんなこと、なかったのだけれど。
 顔を上げると、輪郭がぼやけて見える夕日が、やけに目に染みた。




end










続編、不源不で『白の役割』。
鬼不、源佐久からの源→佐久鬼←不。からの佐久鬼、不源不。予定。



2011/06/12 23:38
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