晴←ヒロで学パロ












 ベタベタすんなよキメェ。
 軽い気持ちで、冗談めかして言った。
 いつもみたいに、笑って返されると思った。けど、ヒロトは笑わなかった。
 ヒロトは切れ長の目を大きく開いて、わずかに開けた口から、「あ」と、吐息のような言葉を吐いた。
 ヒロトの意外な反応に驚いたおれも、目を見開いて「え」と言った。
 窓の外から風が吹いてきて、揺れたカーテンが一瞬だけヒロトの姿を隠した。
「ヒロト?」
 ゆらゆらとカーテンが踊る中で、時間の流れに一人取り残されたかのように動かなかったヒロトが、しばらくしてから二、三回まばたきした。その拍子にこぼれ落ちた大粒の涙に、おれはアホみたいに慌てた。
「…ど、どうしたんだよ。おれのせいか?」
 急いでヒロトに駆け寄って、乱暴に涙を拭う右腕をとった。
 ヒロトはうつむいたまま首を振った。鮮やかな赤がさらさらと揺れるのに、少しだけ見とれた。
「晴矢の、せい、じゃないよ。ごめんね、ごめん」
 おれに掴まれていない左腕が涙を拭う。薄い茶色のセーターの袖が、涙に濡れて濃くなってゆく。
「おれのせいじゃないって……、ならなんなんだよ。傷ついたんなら謝るから、な?」
 努めて優しい口調で言うが、ヒロトはまた首を横に振る。
 掴んでいた手を放して顔を覗き込むと、ヒロトが何かを耐えるように目をつむったまま「ごめん」と言った。小さな声だった。
「なんで、謝るんだよ」
「……晴矢に迷惑かけた、から」
「やっぱ気にしてんじゃねぇか。冗談だよ、ホント悪かった」
 ヒロトはまた首を振った。
 いつもなら、とっくに突き放してるだろうなと思った。言いてぇことがあんならはっきり言いやがれとかなんとか怒鳴りながら。それができずにいるのは、いつもはしっかり者のヒロトが唐突に泣き出したから。それに少なからず自分も動揺していた。
 ヒロトが目を開けた。
 窓から差す光で、ヒロトの潤んだ緑色の瞳が、ガラス玉みたいに輝いた。
 その恐ろしいほどの透明さに、おれは思わず目を反らしていた。そんなおれに気づいていないかのように、ヒロトが言う。
「晴矢、本当におれが邪魔なら、そう言ってくれないか。……嘘はつかないで、」
 ヒロトの瞳は不安で揺れている。しかしおれは、その弱々しい言葉を聞いた途端、急にため息をつきたくなった。そんなことでと呆れる自分が顔を出す。
「…バッカバカしい」
 態度を変えたおれに驚いたように、ヒロトが目を見開いた。
「邪魔とか、そんなん思うわけないだろ。なにくだらないことで悩んでんだよ! お前もっとおれを信じろよ!!」
 ヒロトの目がみるみる開かれていく。緑色のガラス玉が零れ落ちるんじゃないかと思った。
「お前はおれのことなんだと思ってんだよ。おれがそう簡単にお前を見捨てるかよ。それともなんだ? お前はおれがきらいか?」
「ち、ちがっ…」
「なら信じろよ。お前が信じてくれるだけ、おれもお前を信じてやれるから」
 ヒロトがなんどもまばたきするが、もう涙はこぼれなかった。ただ、本人の意志を無視してキラキラ輝くガラスのような瞳があるだけで。
「晴矢、」
「なんだよ」
「おれが晴矢を信じたら、晴矢もおれを信じてくれるの?」
「たりめーだ」
「、そう」
 言ったきり、ヒロトはしばらく無言で突っ立っていた。
 その姿はまるで、膨大な量の情報を必死に処理しているオンボロのコンピューターにも見えた。
 それから視線を足元に落として、またしばらくしてからヒロトはこっちを見た。
「ありがとう」
 ヒロトはちょっと困ったように笑っていた。
 おれにはその理由がわからなかったのだけれど。




end












ガキ大将と優等生。スランプ



2011/06/11 21:52
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