死ねた?












「おれ死ぬらしいよ」
 おれはこんなにも穏やかな死の宣告を聞いたことがなかった。
「死ぬ、って」
「風介が、おれをころすんだって、さ」
 体中傷だらけの晴矢は、普段なかなか見せてくれないような、穏やかな笑みを浮かべていた。
 おれはとりあえず彼を椅子に座らせて、温かいココアの入ったマグカップを持たせた。
「冗談でしょ?」
 おれも晴矢の前に座って、マグカップを握る。晴矢は「冗談じゃねぇよ」と言った。
「風介が言ってた。次ヒロトの家に言ったらころすって。それは浮気だからって」
 よく晴れた休日の午後に話すには物騒すぎる話題だと思う。
「じゃあ早く帰りなよ。バレないうちにさ」
「バレてるよとっくに。風介はきっと、どこかで見てる」
「そんなバカな…」
 言いながらもおれは、風介にどこからか見られてる気がして背筋が冷たくなった。あるわけない、けど。
「うちに来なければいいのに」
 思わずこぼすと、晴矢は一瞬きょとんとしたが、また笑った。
「それはいやだ。おれ、ヒロトのこと大好きだもんよ」
 彼は無邪気そうに笑った。
「ウソだ、」
「ウソじゃない」
「じゃあ、逃げようよ。一緒に」
「逃げる?」
 晴矢が首を傾げる。
「そう。逃げよう晴矢。アイツの暴力の届かない場所へ。君が傷つかない場所へ」
 おれはいつの間にか立ち上がっていた。我ながら珍しく必死になっている。
 そんなおれを晴矢は不思議そうに眺めたあと、また先程と同じような穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとうヒロト」
 晴矢はマグカップを机に置いた。
「そう言って貰えると嬉しいな。ありがとう。でも、お前と一緒には行けないや」
「、そう」
 わかってたよ。そんなの。あんな必死すぎる口説き文句、誰が引っかかるんだよ。
「ヒロト。おれな、今すげぇ幸せなんだよ。なんでだと思う」
「わからないな。おれは君のこと大好きだけど、君の考えだけはいつも、わからない」
「そうかぁ、お前とおれは全然違うもんなぁ」
 ニヒヒと楽しげに笑いながら晴矢は続けた。
「おれはズルいヤツだからさぁ、ヒロトのことも風介のことも大好きなんだよなぁ。だから、ヒロトに心配されながら、風介にころしてもらえるなんてすげぇ幸せなんだよ」
 晴矢の考えは、全然理解できない。昔からそうだ。晴矢はいつだって愛情ばかりを追いかけようとする。例えその先に死が待ち受けていようとも。
「晴矢、死んじゃったらもう誰にも会えなくなるよ。君の愛しい、風介にも」
「誰にも愛してもらえないまま生きるよりはマシだ」
「じゃあおれが君を愛すよ」
「……ありがとな。けど、ごめん」
 晴矢が席を立つ。一度も口をつけていないマグカップが寂しかった。
「ヒロト、今までホントにありがとな。お前がいてくれて良かった」
「そう、」
「おれ、後悔はねぇから。何もかも、満足してるから」
「……そう」
 おれは何一つ満足していないよ晴矢。君のこと好きなのにちっとも理解できないよ。
「またね、晴矢」
 おれはあえて『またね』と言った。初めて晴矢の瞳のうちに揺らぎを見た。
「……さよならだ、ヒロト」
「またね」
「ヒロト…」
「また、明日。晴矢」
 晴矢は始めは戸惑っていたが、ちょっと微笑んで「またな」と返した。
 おれは君のこと、本気で愛してたよ。例え思いが届かなくても。だから、次に会うときは、今度こそおれのこと好きになって。
 玄関のドアが閉まって、おれはひとりになった。
 君のいない世界で、君の愛したあの人は、今も幸せそうに生きてるよ、晴矢。
end













DVふうはるとヒロトさん



2011/05/28 20:07
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