「あんた、ホントにそれでいいわけ?」
 上下左右何もない真っ黒な空間の中で声のした方を振り向くと、今まで何度も何度も、数え切れないほどに見てきた顔があった。
 ソイツは少しだけ眉根を寄せて、嫌悪の眼差しをこちらに向けながら、おれを指差した。そして、もう一度繰り返した。
「あんた……、ホントにそれでいいわけ?」
 つい、「それってなんだよ」と聞くと、「わからないのかよ」と返された。
 とにかく、おれは今まで生きてきて、こんなに自分そっくりな人間を見たことがなかった。髪型も体型も顔も声も、何から何までおれと同じだ。なんだっけな、あれ。ドッペルゲンガー、だっけか?
「気味悪ィな。お前誰だよ?」
 おれがそう聞くと、ソイツは「もうボケが始まったのかよ」と顔をしかめた。激しくウザい。
「おれがわかんねぇの?」
「初対面だろぉが」
「初対面じゃねぇよ。おれはな、」
 ソイツはあろうことか、おれと同じ名を名乗った。
「はぁ? 同姓同名?」
「ちげぇよ」
「何が違うんだよ」
「さァな」
 ソイツはゆっくりとため息をついて、これまたゆっくりとまばたきをした。
「ともかく、」
 そしてまた、似たようなことを問われる。
「お前はそれでいいわけ? ……おれはそんなのまっぴらごめんだな」
「……だから何がだよ」
「今のお前がだよ」
「は?」
 ソイツは腰に手をあてて、片足に重心をかけた。偉そうにしやがって。
 で、コイツなんつった? 今のおれでいいのかって?
「んだよ。なんだか知んねぇが個人の勝手だろ」
「そうかよ。でもおれはイヤだ。お前みてぇになりたくねぇよ」
「は、はぁ? マジ意味わかんねぇ」
 何言ってんだよコイツ。
「お前言ってることが抽象的すぎてわかんねんだよ。もっと具体的に言いやがれ!」
 思わず強めの口調で言うと、ソイツは一歩だけ後ろにさがった。顔がかすかに強張っている。
「今のおれの何がいけねェんだよ。何が不満だ?」
 先とは変わり、おれがヤツに問いをぶつけると、ヤツは忌々しげにこちらを睨みつけて唇を噛んだ。
「…おれは」
「……」
「おれは……、お前が、」
「おれが、なに?」
 ソイツはそこで口を閉ざした。おれがなんだってんだよ。
 それからしばらく沈黙が続いた。ソイツは居心地悪そうに顔を歪めていたが、唐突にぽつりと小さな声を発した。
「怖いんだよ」
「怖い? なにが」
「お前、とアイツ」
「アイツって」
「…鬼道」
「……あぁ」
 もしかしたらコイツは、過去のおれなんじゃないかと思った。
「おれはお前みたいになりたくねぇんだ…」
 最初の態度はどこへやらで、目の前のおれは不安そうに自らの足元を見つめている。
 実にくだらないと思った。
 おれにはコイツの言わんとすることが手にとるようにわかった。何故なら、コイツはほんの数ヶ月前のおれそのものだったからだ。
「くっだらねぇの」
 吐き捨てるように言えば、目の前のおれは顔を上げた。
 いまだ不安に揺れる瞳に、おれってめんどくせぇなと思いながらも突き放せないでいるのは、おれがコイツの心境を痛いほどに味わったことがあるからだ。
「何が怖いだよ。お前は自分から逃げてるだけだ」
「自分から…」
「もしお前が恐れてるのが裏切られるってことだとしたら、それはお前が信じてねぇ証拠だ」
「信じる…?」
「あぁ。アイツのこともてめぇのことも信じてやれ。裏切られんのがイヤなら自分は絶対に裏切んな」
「…」
 ソイツは呆然とおれを見ていた。なんだよその目は。おれがこういうこと言うのが意外だったのか? 自分でも意外だと思ってるよ。
 目の前のおれが、少しだけ目を細めて笑った。
「そうか」
 風の吹く日に窓をゆっくり開けるように、辺りに風が吹き始め、次第に強さが増してゆく。
 おれは一歩踏み出して、ソイツの腕を掴もうとした。だが、おれの手は何も掴めず、ハッとして顔を上げると、そこにはドッペルゲンガーよろしく自分と瓜二つな人間はいなかった。









 膝の上の程よいの重量を感じて薄く瞼を開けると眩しさに目がくらんだ。
 目がなれてからもう一度瞼を押し開けると、膝の上には読みかけの本が乗っていた。
 こんな小難しい本なんか読むからあんなアホな夢を見るんだ。おれはそう決めつけて、寄越した張本人の背中に本を投げつけた。
「いたっ」
 分厚い本は鬼道くんの背中にぶつかった後、呆気なく床に落下し、ちょうど真ん中あたりのページが開いた。
 それとほぼ同時に、明らかに不機嫌そうな顔がこちらを振り向いた。
「起きたのか…。と言うかなんで投げるんだ」
「重いんだよその本。んなの読めるかよバーカ」
「借りたいと言ったのはそっちだろう」
「あれ、そうだっけ」
 鬼道くんは分厚い本を持ち上げながら背中をさすっていた。その様子がジジ臭くて笑うと、鬼道くんはもっと不機嫌そうにこちらを睨んだ。
「そういえば不動」
「あ?」
 鬼道くんが突然思い出したかのように眉を上げた。
「お前、寝言言ってたぞ」
「…寝言? え、マジ?」
「マジだ」
 今し方見たばかりの夢を思い出して、少なからずおれは慌てた。なんかこっぱずかしいこと言っちまった気がする。
「な、おれなんつってた?」
「ん〜…、確か」
 鬼道くんがそれらしく顎に手をあてて首を傾げる。
「ドッペルゲンガーだとかなんとか…」
「それだけ?」
「おそらくはな」
 つい胸をなで下ろす。鬼道くんが不思議そうにこちらを見ている。
「ドッペルゲンガーか。どんな夢を見てたんだ?」
「どんな夢?」
 変な夢だった。おぼろげながらも記憶に残るそれに、おれはすごくバカバカしい気分にさせられた。
 本当にくだらない。けど、まだ迷いがあったからあんな夢を見たのかもしれない。まぁ、どうでもいいんだけど。
「ん〜…、覚えてねぇなぁ」
「そうか」
 そんなものだろうと言いながら鬼道くんが本をしまった。
 おれは生暖かい部屋の温度がいやで、手を伸ばして窓を開けた。
 ゆっくりと、少しずつ、新しい風が吹き込んできた。





end












本当は不×不にしたかったらしい



2011/05/21 00:30
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